『ばらしや』のヒコメ・グベルマーレ
「――じゃあこっちの女が思ったより老いさらばえてたんでしょう、歯ごたえのない女でしたし。」
隣に降り立ったテンプスを確認もせずにマギアがつぶやいた。
「さすが。こっちは……まあ、ほどほどだな。」
その一言に安心したように息を吐く彼から漏れ出るのは安堵の感情――わかってはいたが、この距離で見ると安心できる。
「その割に、埃一つついてませんけど。」
「中身は結構ボロボロだ――あの彫像が?」
視線の先の彫像を顎でしゃくって見せる、見覚えがあると思えばあの時自分の剣をへし折ってくださったあの忌々しい老婆――魔女だ。
「ええ、呼吸だけ確保して拘束してみました。」
「結構な拷問だな……」
「この女のやろうとしてたことから考えれば当然でしょう?」
そう言ってどこか侮蔑に満ちた鼻音を鳴らす。
その反応には怒りと侮蔑と――かすかな恐怖が見えた。
「まあ、そう言えなくもないわな――まさか、君らを混ぜ合わせる気とは、気がついた時はイカレタ計画だと思ったよ。」
「気がついてました?ええ、ほんとに――もともとですら操り切れるのかわからないのにその力を三倍にしてどうする気だったんでしょうね?」
呆れたように、馬鹿にしたように、マギアは半目を彫像に注ぐ。
それが、彼女の計画の肝だった。
さきほど、あの童女との戦闘時に語ったように、マギアたちの呪いの力は明らかにもともとあった物――あの八人がかけた七つの呪いから劣化していない。
そんな人間を三人、生物混合器にかければどうなるのか?
単純な論理でいけば――呪いの力が三倍強い人間ができる。
魔術において門外漢のテンプスにそれが本当に可能なのかはわからない。だが、少なくとも、あの魔女がたくらんだことがこれであることは確信していた。
「そのための三人分の支配魔術だったんだろう。力が三倍までなら支配魔術も三倍だ。」
「そんな簡単なもんじゃないと思いますけどね……大体、今の私たちより強い魅了なんておばあちゃんの魔術だって抑えられませんよ?自分たちが魅了されて終わりでしょうに。」
「……そこまで考えてなかったんじゃないか?」
「間抜け。」
「まったくだ……伴侶の呪いってあったよな。」
「え、ああ、ええ、ありますね。」
「それが三倍強くなると……どうなるんだ?」
「……どうなるんでしょうね、三人来るんでしょうか、それとも三倍裏切らない人が現れるとか?」
「……裏切らないんなら三倍もくそもないんじゃないか?」
「ですね……んー?」
何時もよりも言葉少なに、けれど口数は多い。
まるで相手が無事であることを確かめるかのようなその応酬は、しかしそれが彼ららしいと言えるのかもしれなかった。
「あー……二人とも無事か?」
――だからまあ、割って入るには相応の覚悟という物が必要だった。
「ん……おお、テッラ。あっちは?」
「問題ない――っていうか、問題が起こりようがなかったというか。」
「まあ、一応気は使ってましたからね。」
「……すごいんだな、マギアは。」
「そうですか?そこの人に肉弾戦を仕掛けて、怪我ひとつなかったテッラさんもすごかったと思いますよ?」
「過分なお言葉だ事。」
「正当な評価だと思いますよ。」
認められて嬉しいのか、綺麗な笑みを浮かべる彼女は見た目の通りの年齢をしているように見えた。
そんな二人を眺めながら、テンプスの脳内で刻まれる時間に目をやる――計画通りなら、そろそろ来るはずだ。
まだ一時間たっていないがおそらく――
「―――――テッラ・コンティネンス一回生!マギア・カレンダ一回生!よ、よくやった!さすがだ!」
自身の内的空間に目を向けていたテンプスの耳にそんな声が響いて来たのはその時だった。
空耳――にしてはあまりにも鮮明だ。
はて、何の声かと首を回す――目立った以上はない。
「こ、コラ!何を無視している、こっちだ!」
再び響く声を頼りに相手を特定する――一番下の席に座る男だった。
その姿を見てテンプスは――
「……だれ?知ってる人?」
――隣のマギアに水を向けた。
片膝から力を抜き、顔に近づけた面から発せられた声に答えるマギアは同じように困惑を感じた。
「え、先輩の方じゃないんですか?私完全に知りませんよ。」
「いや、だって僕の名前呼んでないぜ。」
「……えぇ?見たこと……ないと思いますけどね……?」
マギアとテンプスの困惑をしり目に、男は朗々と語り続ける。
「いや、本当に素晴らしい!私が潜入捜査を依頼しただけはある!」
「……はぃ?」
いよいよ、わからない。
口にする内容も、この男の正体も。
「……もしかして、僕助けに来る必要なかったりした?」
「それならこんなやばいことになってませんよ――その……ほんとに、感謝してます。」
「そ?ならいいけどな――じゃあ君か?」
「……たかが任務ごときであなたを二回もさすような男だと思われるのはさすがに心外かな。」
「……えー?」
「先輩は――」
「僕が君のこと任務じゃなきゃ助けに来ない奴だと思うか?」
「いえ、まったく――すいません。」
「いや、いいけど……」
何が何やらだ。
テンプス達の誰も、この男が誰だかわからないのだ。
反応に困り、珍しく困り顔の三人を見て、自分の状況に気づいたらしい男は怒りの声を上げた。
「――コラ!私の顔を忘れるとは何事だ!」
男がそう叫んでも、わからないのだからどうしたものか。
そこで、テンプスの脳にかすかな天啓が下りた。
見覚えが――あるような気がする。
「―――あんた……生徒指導の?」
そう言えば昨年、こんな男にあったような気がする。決して愉快でもないし、それほど長い時間を費やした記憶でもないが、確かに記憶の端にあるような気がしなくもない。
「――お、おお!お前は……そう、テンプス!サンケイの兄か、お前もよくやったぞ!」
「ああ、そりゃどうも……」
「……お知り合いで?」
「……んーまあ、知り合い……うん、まあ、知り合いかなぁ?去年の進路指導の担当。死刑執行人にしかなれないお前は学校をやめるべきだってご高説を一時間近く語ってくださった御仁。」
「……へぇ……?」
マギアの視線が猫のようにほそまる――決して歓迎された空気ではない。
「そうだ!そちらの二人とも話したことがあるだろう!思いだ――いや、いい、そんな事より、私の事が分かったのなら、わかるだろう?」
「……何が?」
「ええい、間抜けめ!ここから私を逃がせ!この魔族どもをどけろ!」
どこまでも上からテンプス向けて叫ぶ男が、そう要求する――そこからは雪崩だ。
「――わ、私は著名な貴族の――」
「――会長である私を――」
「――この僕がここにいると知れれば――」
侃々諤々、一気に音の増えた闘技場は恐ろしいほど騒がしい。
「……呆れた連中。」
「こんなもんさ。」
どこかあきらめたようにテンプスが告げる。こうなるだろうと思ってはいたが、その基点があの男というのは予想外だった。
しかしまあ――別にかまうまい、この話での自分の出番はそろそろ終わりだ。
そう考えながら、テンプスはゆっくり口を開いた。
「――いいですよ、行ってください。」
「――先輩?」
驚いたようにこちらを見るマギアの視線を感じながら、鎧姿の彼は言葉を続ける。
「お帰りはあちらだ、僕はこれ以上手を出さない。ここから先はお好きにどうぞ?」
「――おお、さすが、わが生徒だ!よく見のほどわかっているじゃないか!で、では、去らせてもらうぞ!」
叫んで、男が駆け出す。
本当にいいのか?と問いかけるような視線を受け止めて――笑った。
「――ま、僕以外の人がどうするかはわからないですがね。」
男が扉にたどり着くのと、扉がはじけ飛ぶの、どちらが早いのか、彼にはわからなかった。
「―――――よぉ、馬鹿ども!元気してるかい!?『執行官』様のお通りだよぉ!」
とてもよく通る声が、闘技場内に響く。
その声を聴きながら、テンプスは笑った――
『相変わらず、よく通る声の人だな……』
白煙をたなびかせて扉を粉々にしたのは声を聴く限り女性だ。
その影は細く、けれどその挙動から力強さを感じるふるまいでそこに立っていた。
肩に何かの杖らしきものを担ぎ、傲然と言い放つ。
「さて、悪ガキども、捕まえる前に聞いといてやるが――」
脅しの利いた声がその力強さを増幅させる。
その振る舞いは彼女の往年の姿を思い起こさせる、テンプスの大叔父にあたる人物と犯罪者をとりしまっていた時代、犯罪者に鬼と恐れられた女――
「――うちの馬鹿な孫はどこだい。」
――『ばらしや』のヒコメ・グベルマーレがそこに居た。
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