不滅の『名声』

「お前に牢獄にぶち込まれてからずっと考えてた――」


 一体、この連中の目的は何なのか?


「ただ彼女を殺すだけじゃないのは明白だ、それなら、最初の時点――僕の家で殺せばいいだけだ、なのに、お前らはマギアをさらった。」


 最初の違和感はそこだ。


 明らかにおかしい、なぜ自分の効きを増やす必要がある?


 以前も語ったことだが、この魔女連中は決して肝の太い方ではない。


 聖女と謳われた女の復讐を恐れ、今日まで逃げ続けるような腰抜けだ。


 そんな連中が、自分を殺しに来た人間を手元に置く理由とは何だ?


「――簡単だ、お前らの目的に必要なんだろう?」


 そして、その目的は明らかにまっとうな物ではない。


 フェーズシフターを剣に変え、その剣身に身を預けながら、テンプスはつづける。


「で、次に考えたのは『何?』だ。お前らはいったい何をしようとしているのか、何をしたいのか……」


 相手の様子を見る――やはり損傷の激しさで治る速度も変わるらしい、先ほど、体からしみ出したもの酷似した黒い粘液が肉体の破片を回収しようとその手を伸ばしていた。


「最初は分からなかったよ、」


 何故、あの三人――自分たちが恐れた老女の身内であり、その弟子だる魔術師と自分が作り上げた侵略用の魔性たちをその身の内に抱え込む?


 何かの拍子で誰か一人でも拘束を抜け出せば危険になるのはあの女だ。


 今まで考えていた人物像に合わない――わからない。


 あの牢屋でも、戦っている最中すら考えていたその疑問はソリシッドがあの部屋を見つけ出したときに理解できた。


「――お前ら、?」


「――!」


 初めて、童女の顔に陰りがさした。


 図星だな。と思った。


「あの装置を見た時に察した。お前らの目的は間違いなくあの装置だ、だからここに連れてきた。だが、同時にお前にも、あの魔女にも、自分が生物混合器に入る度胸なんてない。だから、あの家族を駆けようとしてると分かった。」


 それは、悪魔の発想だ。


 さきほども語ったことだが、生物混合器に生物を入れると言うことはその自我をすりつぶし、人倫を鼻で笑う掃きだめのごみにも満たない悪行だ。


「だが――なぜだ?」


 そこまで割り出して、テンプスの胸に去来したのは疑問だ。


「なんでお前たちは彼女たちを生物混合器にかけたい?お前の間抜けな婆が作り上げた魔性の存在をお前たちはすでに手に入れているのに?」


 そう、マギアの母親はすでに精神支配を受けていた、だというのになぜ、その上でそのような鬼畜の所業を行う必要があるのか?


「嫌がらせ?お前らにそんな度胸はない。新しい生物の創造?そんな事に執着するのならこんな施設は作らんだろう。」


 では、何なのか?


 そこまで考えて、ふと、マギアの姿が頭をよぎった。


 控えめに言っても絶世の美少女、貴金属のように輝く髪、最高級の宝石のような瞳、光沢のある肌。あるいは後光すら見えるその容姿はまるで絵画に描かれえる天使だ。


 ジャックの件であれだけの大立ち回りをしているのにいまだにファンクラブが存続しているその美貌は


 そして、その家族の姿を思い浮かべる、どちらも同じほどの美しさだ、少々母親の力発揚用にも感じるが、それでもマギアたちも負けているとは言えない――


?』


 確かに母親は多少秀でて見えるがそこに頭一つ分の差があるようには見えない。


 マギアはかわいらしく、母親は美人に見えるが――それだけだ、


 可笑しい。


 


 そこまで考えて、彼はある事実に気がついた。


「――マギアたちにかかってる呪いは三分割になったんじゃない子供に伝染したんだ。」


 童女に視線を送る――唖然とした顔。


 体から発せられる信号は、その素論が彼女達と同じものであると確信させるのに十分な驚きをもっていた。


「類感魔術……ってのがあるらしいな、昔ちらっと調べたことしかないから知らないが。相似の法則――似通ったものは同一であるって法則で遠方にいる人間を人形でどうこうする魔術があったのは覚えてた。」


 そして、母体にいる赤ん坊は、ある種において母親と最も相似性のある存在ではないか?


「僕が気がつく程度のことだ、彼女の婆さんも気がついただろう、だが言わなかった――あのお母さんが気にすると思ったんだろうな、要らん重荷を背負わせたわけだし。」


 自分でもとても告げられないだろう、貴方が生まれた時にかかった呪いと同じものが娘さんの体にあるなどと――その呪いのせいで子供を知らぬうちに授かっていた人間には特に。


「そこまで考えて分かった、お前たちが何をしようとしたのか。」


 それは、なるほど魔女らしい発想だった。


「――洗脳したマギアの母親を使って、1200年物の腐り果てた計画の続きをしようとしたんだろう?」


 それが、この女たちの計画だったのだ。


 うらぶれて――ろくでもなく――その上、吐き気がするほど陳腐だ。


「そのためにマギアの心を折りたかった、三人の人間を混ぜるとき、1200年お前らを殺す計画を立ててたうちの同居人の思考はあまりにも邪魔だったから。」


 そのために心を折り、精神を支配しようとした。


「だから僕を此処に連れ込んだ、あの子の心を折るためのいけにえとして。」


 そのための連戦だ。あの時、この女が告げたセリフがこの計画の肝だったのだ。


『もし、自分を助けに来たあなたがぼろきれになって、体をなくして、死んでしまったら……あの子、どんな顔をして私に縋ってくると思う?』


 そこに付け込んで精神を支配する、そうすれば――


「お前たちは不滅の『名声』を得る。」


 この世で最も美しく、聡明で――危険な魔女の『製作者』として。


 自分は危険な場所には立たず、けれど、絶対の名声を得る。


「下らん計画だよ――違うか?『名声』の魔女の孫。」


 そう言って、まるで冬の空のような冷たい目線を相手に向けた。


「……!」


 怒りに満ちた視線がテンプスを貫く。


 ただ、その目の奥に宿った怯えも、彼は見逃さなかった。


「反論があるなら聞くがね。」


「……そうね……一つだけあるわ。」


 久々に聞いたその声は、粘液をかぶる前と同じ、人間らしい声だった――またしても癪に障る声が響く。


「なにか?」


「――死ね、クソガキ!」


 叫んで、体が跳ねた。


 気がつけば全身の四肢がそろっている――先ほどまでの低速回復は演技だったらしい。


 瞬間的に最高速に達し、稲妻の雷光を光らせ、テンプスに必殺の一撃が牙をむく。


 爪の先が鎧に触れ――


『――アジリタス』


 ――ない。


 思考の速度で輝きを取り戻した鎧が加速し、彼女と世界を氷漬けにした。


 さきほどよりも倍率を低く加速したにもかかわらず、童女はその動きについてこられない。


 再び襲って来るめまいが先ほどよりも軽いことを願いながら、テンプスは一歩右にずれた。


 ただそれだけで、彼は爪の攻撃圏から外れた。


 そのまま、空中で緩やかに前に進む童女に、彼が放ったのは後ろ回し蹴りだ。


 後頭部に吸い込まれるように激突するその一撃はたしかな手ごたえをテンプスに与えた。


 ごく短い加速。悪影響を軽減するために行われたその苦肉の策は確かに確かに体の負担を軽減していた。


 勢いよく飛び出す女を見つめる――今回は粉々にはならなかった。


 体の粘液をガードに回したのか、派手に液体が飛び散ったがそれでも相手はまだ人の形を保っている。


 勢いよく飛んだ人型の実体はいつのまにやらできていた、巨大な壁をぶち破り、その向こう側に落ちた女を追う。


 再び行われた一瞬の加速、壁の断面に立って、そこにから見た下の大地にあったのは一面の銀世界だ。


 全てが金属質の光沢に包まれたそこに、立っている人間は一人。


 何時ものように後光の光りそうな姿で立つのは、いつもと変わらぬ様子の後輩だった。


 どこかで見たような彫刻の脇でこちらを睨む童女を発見する――馬鹿の一つ覚えの突進、あるいは、怒りでそれしか思いつかないのか。


 突進するために力を籠める足を見つめて、彼は加速した肉体で飛び込んだ。


 技も何もない体当たり。


 それが、童女とテンプスの因縁の終わりだった。

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