もう壊したよ
「ごふっ………おぼっ………な、んで。」
理解できなかった。
自分は最適の行動をとり、最高の速度で相手に襲い掛かったはずだ。
人間には到底察知不可能な速度。できることなどない――はずだ。
だというのに、なぜ自分はいまだかつてないほど粉々に砕かれて地面に転がっているのだ?
彼女の体はいまだかつて受けたことのないほど粉々であり、もはや自分の原型すらない。
再生こそ始まっているが、生き物の姿をしているのはせいぜいが頭ぐらいだ。
未だ再生しきらぬ体を抱えながら、童女は目の前の現実を呪い、そして、疑った。
もしや、自分は途方もないペテンにかけられているのではないか?
この男――あるいはあの祖母を狙う若作りの女のペテンに。
例えば、ここにいる男が幻か何かなのだ。本人は卑怯にも隠れて自分を襲撃した。
そう考えるのなら、辻褄は合う――自分が死んでいないのだってそうだ。
何かしら卑劣な手段で再生を遅らせたのを、再生不可能だと偽っているに過ぎない。こいつは自分が怖いのだ。
そうに違いない!そう考えた彼女の耳に届いたのはどこか呆れたような声だ。
「もういいか?お前より僕の方が早いぞ。もうわかってるだろう?ここらでやめにしよう。」
そう言って声をかけるのは、鎧から燐光を消し、通常の速度域に戻ったテンプスだった――やはり通常速度はいい。音がする。
鎧の体表に刻まれたパターンによって身に纏った『定常時間皮』を脱ぐ際に生じる肉体の感覚的齟齬は彼を苛んでいる。
全ての物が瞬きほどの時間で過ぎ去り、自分がひどくのろまで置き去りにされているような感覚――自分が最も嫌いな感情。
『……八倍はやっぱり早すぎたか、とっさだったから加減が効かなかった。』
『定常時間皮』を展開したまま超音速領域に侵入するのは非常につらい――テンプスの感覚器ではまだ、音速の三倍が限界だ。それ以上は消耗が激しすぎる。
「な!ばがっ!わだじっ、まげ!」
「あー……「何言ってんのよ、私が負けるわけ……」か?わかりにくいな。」
煩わしそうにそう告げる、聞き取りにくい声だ、顎が再生途中なのだから仕方がないが。
「そうは言うがね――今何されたか、わからないんだろ?」
「――――」
疲れたように語る声に、動きが止まる。
「君の思考パターンから考えて、何かの魔術による不意打ちかなんかだと思ってるんだろうが――違うぞ、それなら、あの速度で動ける君に攻撃が当たらんだろう。」
たしかにそうだ、自分の速度は音よりも早い。人間にタイミングを合わせられたぐらいで当たる速度ではない。
「いや、まあ、当てろと言われれば充てるが――今回は違う、単に君よりも早く動いただけだ……ざっと二倍か?」
そう言って手を眺める――べったりと着いた粘液は彼女の体皮を覆っていたあの黒い粘性のある液体そのものだ。
喜色の悪そうに高速で手を振り、地面にその粘液を払い落とした少年はさらに続ける。
「信じる信じないはどちらでも構わんが――どのみち無理だ、君らの計画はつぶした。」
「ま、まだ、まだよ!お婆様だって残ってるし、あの装置だって――」
「装置ならもう壊れてるぞ。」
「――はっ?」
空気が固まった。
こいつは今なんと――
「あの生物混合器なら破壊した。もう使えん。」
そう言ってこちらを見つめる二対の目は鎧らしく何かの覆いがかけられ、感情が伺えない。
ただ、向けられた本人はそれを侮辱だと受け取った。
「――はっ、嘘ね!あんたにあれが壊せるはずない!部屋ごと破壊するのならともかく、あの機械だけをピンポイントで壊せるわけが――」
「『エモーショントランスレーター』」
「――はっ?」
「ついてただろう、あの部屋に。」
そう言って疲れたように息を吐く男を、童女は困惑したように見つめる。
「何よそれ、新手のお菓子?」
「……知らんで使ってたのか?怖いことするな……ま、使い方から調べてたようだし、仕方ないか。」
そう言ってため息を吐くように首を下げたテンプスは、出来の悪い生徒に告げるように語る。
「あの部屋につけられてた魔法円の――あるいはそれを使った装置の一種だ、あの部屋の『魔力を純化する機構』のことだよ。」
その名前が彼女達が餌を作るための機能の事だと気がついたのはこの時だった。
「それが何だってのよ。」
「そいつの機能の方向を生物混合器に向けた。」
それが何を意味するのか、彼女は意味が分からない。
わからないが――いやな予感がした。
「魔術について僕はそれほど詳しくはない。が、装置に関してはちょっとしたもんだ。詳しくしいラベルまでもなかった、魔法文明産だからな、作りが雑だ、簡単で――だから壊し方もすぐわかった。」
それは最初にソリシッドがあの部屋の中で装置を見つけた時にすぐにわかったことだ。
調べるまでもなかった。スカラーのように素材を作る能力がないのに、工学的な模倣を行った影響だ。
「『エモーショントランスレーター』……感情を魔力に変換する魔法、変換効率が悪く、使い物にならない――らしいな、良くは知らんが。」
それは、あの研究室から上がってきた情報と同じものだ。
始めて見つけた時は興奮と共に迎えられた発見は、実のところそれほどの有用性がなかった。
それでも、彼女たちは苦心してそれを生かす方法を見つけ出したのだ。
「利点は一つ。『魔力の純度が高い事』魔術についてはよくわからんが、純度が高いと魔術の――精度?が上がるそうだな。お前たちからすれば……味がうまくなるのか?」
どこか呆れたように童女に声をかけるテンプスは、心の底から理解できないと言いたげだ。
これが彼女たちが見つけだしたこの技術の利用法――餌の純化だ。
餌の魔力を強くし、自分たちが食った時の利益を増す。
そのために作られたのがこの闘技場であり、この施設だ。
「お前たちが何に使ってたのかはわからん、だが、その力が上――つまり、あの闘技場に向いてるのは分かった。」
そして、それが最も重要な事だった。
「あれは魔力の伝達性の高い銅線を外部に漏れないようにする鉄で包んで補強してる――が、銅線はもろい。『エモーショントランスレーター』で変換された純化された魔力がすべてあの装置に向けば回路のどこかが破綻することは分かる。」
それが、時計を――七歳の頃から数多の機甲的な装置群をいじり、いずれ来る『運命』の時に備えていた彼の分析だった。
彼が一昼夜かけて作り上げた絵はこの『方向性の変換』のための図形だ。
あの絵の書かれた部分に存在するエネルギーの流れる方向を望む方向に捻じ曲げ、あらぬ方向に向ける。
部屋に一度集積された感情が魔力に変換されると同時に、あの装置に――あの装置の回路に向かうように流れを作り替えた。
「だから、ここで戦った。ここから得られるエネルギーが必要だったからな。」
今頃、この下の空間であの装置の回路がショートを起こし、爆発的なエネルギーで内部が溶解しているころだろう。
その光景を目にせずとも理解できる彼は、どこか満足げに笑った。
「――――――てめぇ……!私たちの計画を!」
声を怒気がはらむ、当然だった。彼女からすれば、それは自分たちの悲願の否定でしかない。
怒りをみなぎらせて、それでも再生の終わらぬ肉体はこの男に襲い掛かる事すらできない。その事実に苛立ちを募らせながら、童女はテンプスを睨んでいた。
「ずいぶんと調子いいこと言うな。お前がやったことからすればずいぶんと軽い罰だと思うがね。」
「わかってんのか、あれは――」
「――『名声』の魔女一世一代の計画だったか?」
「――!」
驚いたように童女の顔が固まる――マギアはともかく、この男に自分の祖母の正体がわかるはずがないと思っていた。
「何故知ってるのか疑問か?別に大したことじゃない、お前らの計画を考えればおのずと名前も分かろうもんさ。」
そう言って、テンプス朗々と語りだした――この施設で行われていた彼の後輩にまつわる血とくらい思惑にまみれた惨憺たる計画を。
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