三番目

 閃光の一打は、怪物の目から放たれた。


 唐突な一撃。何かの予備動作も体の力みもなしに四足の獣の目から、突然放たれた光波をテンプスの感覚は五感ならぬならぬパターンを見る力で見抜いた。


『――『凝視』か!』


 瞬間的に、彼の体が動く。


 右手のフェーズシフターを向けようとして、やめた。これは単なる閃光の一撃ではない。


 瞬間的に、半足をひく。


 彼が完全に半身になるのと閃光が先ほどまで胸のあった位置を貫いたのはコンマの差だった。


 即座に反撃。


 右手のフェーズシフターを相手に向けて手早く三度引き金を引く。


 ガオン!ガオン!ガオン!


 空気を砕くような轟音は砲弾を運び――しかし、四足の獣には的中しなかった。


 消えたのだ。彼の視界から、獣の姿が。


 一瞬、高速で移動したのか――と思ったが違う。


 姿を隠したのだ、屈曲のパターンとよく似た光波の偏向。


 反射するべき光を受け流すことで姿を隠している。


「……新手の手品師か?」


 鼻を鳴らしてそうつぶやいて、テンプスは体を回転させる。


 蹴り上げられた砂の向きから考えて、この生き物は真後ろに向かって進んでいるのは明白だった。


 さきほど見せた敏捷性から考えればおそらく――来た。


 鎧に仕込まれた疑似視界が真後ろに高速で現れた影を視認した。


 その動きに合わせて、彼の腕が持ち上がる。


 顔の横に立てた腕が、金属音を立てて相手の爪を阻む。同時に腹部に右手のフェーズシフターをあてがって――引き金を連打。


 ガオン!ガオン!ガオン!ガオン!


 黒い血とも体皮ともつかない黒い液体と、体の中にまだあったらしい内臓を後ろ向きにぶちまけながら、童女の動きは止まらない。


 極至近射からの閃光――『凝視』だ。


 流石にこの距離では躱せない――胸のど真ん中に的中したその一撃に、テンプスは顔を顰める。


 痛みは――ない、だが凝視という物は往々にして何かしらの特異な効果を持つ物だ。


 一抹の不安を鎧への信頼で掻き消して、テンプスの腕は蛇のように機敏に動いた。


 光波を放った直後の頭を脇に抱え込み、防いでいた左手で獣の腕をつかむ。


 そのまま体を回転させて――投げた。


 足を払い抱えたままの頭をひいて、腰を基点に回転させる。


 他所の世界では大腰投げと呼ばれるような技を、彼はより危険性が高い使い方で使った。


 相手の体が宙に浮くと同時に、彼自身も飛んだのだ。


 相手の頭を下にしての投げ、重量のあるテンプスの肉体と鎧の重さで相手を押しつぶす――痛打は必至の一撃。


 地面への激突は一秒と立たずに訪れた。


 がん!と音を響かせて地面に激突し、肩から地面に落ちたテンプスは勢いに任せて体を回転させる。


 でんぐり返しのように体を起こした彼は地面に横たわる獣に向けて猛追する――この程度で死んでいるはずがない。


 その考えは正しかった。


 獣の頭にケリを叩きこもうとするのとほぼ同時に、背筋に悪寒が走る――下だ!


 蹴りを中断、勢いよく地面を蹴り、体を宙返りの要領で回転させる。


 体が宙に舞い、地面から突き出した何かを躱す――尾だ。


 犬のように生えていた尾が何を予備動作なしで地面に潜行し、地中から攻撃を放ったのだと、彼は即座に気がついた――厄介な。


 当たったところで致命傷にはならないだろうが――あの装置で作られた女だ、何かしらの隠し玉があってもおかしくはない。


 地面に手を着き、反動で再び跳ねる。


 地面に足を着くと同時に、右手のフェーズシフターを剣に変えて一振り――追いすがる尾の一撃を切り払う。


「アラァ、ヨクヨケタジャン?」


 どこか無機質に感じるその声は、それでも、先ほどまでの甘ったるい物に比べれば幾らかましな響きをしていた。


「ずいぶんと妙な体になったな……」


 フェーズシフターを向けながら一言。率直な感想だった。


「スゴイデショウ?コレガワタシノ――オバアサマノケッサク!アンナデキソコナイノババアトハチガウノヨ!」


 聞き取りにくい声で、童女は誇らしげに笑う。


 随分と自分の祖母を誇りに思っているらしい。


 ほほえましい事だ。結構なことだとも思う。マギアであれ自分であれ、自分の親族を誇る気持ちはわかる――これで、まともな事に力を入れているのならもう少し関心もできるのだが。


「何体と混ざってる?」


「サァ?カゾエテナイノヨネ、カゾエルヒツヨウモナイシ。」


「……わかってんのか?お前もう――」


「モトノワタシジャナイ?イイノヨ!ワタシガオボエテイルベキハワタシガオバアサマオサイコウケッサクッテコトダケヨ!」


 哄笑を上げる。


 随分と楽しそうだ――それとも、それ以外何も感じないのだろうか?


「ま、何でもいい――お前の倒し方も分かった。」


「――ヘェ?ドウヤルッテノ?」


――尾治ってないだろ。」


「――!?」


 驚きに目を見開く。


 


 自分の体にあるまじき怠慢。そんなことは起こらないはずだ、祖母の魔術と数多の魔性の存在を使って作り上げたこの肉体がどうこうなるはずがない。


 ないが――なぜ尾が破損したままになっている?


「ナニヲシタ!」


「――お前の生体のパターンを乱した。」


「……!?」


「お前にゃわからん話さ。」


 そう言って鼻を鳴らす――これは『想念の戦士』の技だった。


 対象の肉体的なパターンを崩し、正常な身体機能を破綻させる。


 それは麻痺という形で現れることもある。


 それは体をむしばむ毒という形で現れることもある。


 それは、肉体が本来持つ、自然治癒力の破綻という形で現れることも――あるのだ。


 それはこうした『死ににくい生き物』を殺すための技。


 こういったものすら倒さねばならない「スカラ・アル・カリプト」の職業的な必須技能だった。


「――ッチィ!ズニノリヤガッテ……!ホンキモダシテナイノニチョウシニノルンジャナイヨ!」


 叫ぶ。


 その肉体から漏れる力は魔力だ。


 流れ、量、気配――土の魔術だ。


『この姿でも使えるのか……』


 かすかな驚きを感じるテンプスの想定通り、地面が隆起を始める――しかし、その動きは彼の想定していた物ではない。


 彼の想定では、ここで出てくるのは槍か何かだった、テッラと同じようにしたから自分を狙うのだろうと、しかし、彼の目の前に現れたのは――


「――森?」


 それは、砂と土のできた木々――土砂で出来た森だ。


 舞台の半分を覆うほどの森林のど真ん中に、テンプスは突然頬りだされた。


『――気配……しないな。』


 そっと、武器を握る手に力を籠める――疑似視界にあの獣が映らない。


「……!」


 そう思ったのとほぼ同時に、彼の右肩に衝撃が襲う。


 明らかな攻撃、おそらくは先ほどの一撃と同じ爪での爪撃。しかし、明らかに火力が高い。


『――早いのか。』


 さきほどより明らかに速度が上がっている。彼が見えなかったのも疑似視界の外からの一瞬で接近だったと考えればつじつまがあう。


「――アハハッ、ドウ!?ワタシノソクドニツイテコレナイデショオウ!?アノニンギョウクンニイナズマノマジュツヲオシエタノハワタシ!ソノギリョウハ――」


「――あいつより上か?」


 なんともわかりやすい女だ――どうやら、自分を倒した攻撃に希望を託したらしい。


「サワレナイアンタニワタシハキヅツケラレナイ!コノママケズリコロサレテシネ!クソガキ!」


 森の木々の間から叫び声が響く――なるほど、確かに厄介だ。


 が、別に負ける要素はない。


 ため息とともに、テンプスは腰に手を当てる――次に動き出したとき、テンプスの手には金属片が握られていた。


 フェーズシフターが可変する――杖の形。


 おもむろに差し込まれた金属片は――青色をしていた。


「――再構成。」


 唇が動き、引き金が引かれる――瞬間鎧の上に現れたのは青い紋章。


 ――三番目の姿が現れた。





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