序曲

 時刻は少しばかり巻き戻る。


 未だ、マギアの魔術による壁が出来上がる前、黒い頭巾の童女が地面を転がっていた。


「――っち、あの役立たず共、何が「何の魔術的な痕跡も発見できなかった」よ、使われてんじゃない。」


 反吐を吐くように、童女の口から悪態が漏れる。


 しかし、それも無理からぬことだ。


 この鎧はあの男――今は舞台の真上からこちらを睥睨し、殺意に満ちた視線を送って来る「天然の天才」――によれば、あの男ですら、鎧込みならば勝てないという。


 ゆえに、この男を封じ、自分たちにさらなる力をもたらすと調べさせていたというのに……


「――使えない!」


「そう言うな、あの連中、人品はともかく仕事はこなしてたぞ――まあ、役には立ってないが。」


 そう言って、深紅の鎧が口を開く。


 実際、土台無理な話なのだ。


 オーラのことを何も知らぬものに、この時計について調べさせるなど豚にマギアにでもなれというのと変わらない。不可能だ。


「役に立ってなきゃ、いてもいなくても一緒でしょう?」


「雇い主がそう言うのならそうなんだろう――君も、それほど役には立ってないが。」


「私はいいのよ――これから立つんだからさ!」


 そう言って彼女はたけだけしく腕を振るい、天地を逆転させたような『津波』を起こした。


 揺らぐはずのない大地が揺れ、地面が深紅の鎧に襲い掛かる。


 その大きさたるや人の背丈を超える程に大きい。


 なるほど、恐ろしい術だ――土の扱いならテッラにもほど近い力がある。


 あれにのまれては大抵の人間は息絶えてしまうだろう。


 その光景を見ながら、テンプスは――『ガイスト・フォルティス』を身に纏ったスカラ・アル・カリプトは体の調子を確認している。


 疲れてはいる。


 違和感もある。


 ただ――力はたぎっていた。


『この分なら何とかなるか……』


 握った掌を眺めながら考える、まあ、この女を叩き潰す程度ならどうとでもなるだろう。


 間近に迫る土砂の津波を眺めながら、テンプスはおもむろに左手を上げる。


 そこに握られているのは弩のフェーズシフターだ。


 今の彼には、『この遮蔽越しに、どこを狙えばいいのかが分かる。』


 それが、彼のもとに届く波の力であり――彼が培ってきた様々な研鑽の結果だった。


 ガオン!ガオン!


 無感動に引き金を引く。弾種は殺傷リーサル、もう一段上もあったが――必要ないだろう。


 空気をかみ砕くような轟音を響かせて、砲弾が爆進する。


 土の壁をあっさりと突き抜けた鏃の砲弾が狙いを過たずに童女の眉間と心臓を打ち抜いた。


 さらに引き金を連打。


 高速で放たれた砲撃が次々と土の壁に穴を開いている。


 その大きさが一定になった時、テンプスの体が動いた。


 穴に向かってゆっくりと加速し、その穴に向かって飛び込んだのだ。


 体を一本の棒のように細くし、回転まで加えて飛んだ体は、その小さな穴をくぐり、彼を土の壁の向こう側に運んだ。


 頭からの着地にも動じない高強度の鎧に守られて、彼はあっさりと致命の一撃を回避して見せた。


「――っち゛!ばに゛よ゛そ゛れ……」


 煩わしそうに壊れた蓄音機のような音がする。


 視線を前に向ければ、そこには頭の半分を欠損させながら、こちらに睨みを利かせる童女の姿があった。


『高速再生……心臓と脳を同時につぶしてもダメか……』


 二つの急所を同時にぶち抜いたにもかかわらず、童女は平然と口を開いている。


 人体の二大急所をつぶせば、何かしらの反応があるかと思っていたが――そうでもないらしい。いよいよ、まともな生き物ではない。


「なに、驚いてんのぉ?あたしの究極性に慄いちゃった?」


 ほとんど完全に修復された顎から響く声は、それまでの物と遜色がない。キンキンと高く、甘ったるく――神経に触る。


「この程度で驚いてていい訳?お婆ちゃんの最高傑作たるこの私がこの程度なわけないでしょう?」


 そう言ってこちらを嘲るように笑うその顔には余裕と――少しばかりの恐怖がある。


「その割に怖がって見えるがな。」


「――ほざけよクソガキ!高々20も生きてないごみが……あんたのそのガラクタと私じゃ、年季が違うんだよ!」


 叫んだ。


 恐怖を振り払うように。ためらいを打ち消すように。


 叫んで――その姿を変えた。


 バキン!と骨が砕けるような音が響き、彼女の内側が変わる――これは……


『魔族の身体パターンか……何回あの装置使ったんだ?』


 それは狂気の沙汰だ。


 あの装置は単純に新生物を作ること「だけ」ができる装置だ。


 そこに被検体への配慮などない――人格は擦り切れ、元の存在が何だったかなどわからなくなる。


 イカれた装置だ――傲慢で著名なスカラー文明ですら、あんな物は作らない。


 そんな装置を、マギアに押されているあの女は自分の孫に使用したらしい。


 その結果が――これだ。


「――ドウ?キレイデショウ?」


 そう言って、笑っている――のだと思われる表情をしたその生き物は、なんというか……不可思議な姿をしていた。


 表面は黒い光沢のある――それでいて、何やらねばついた体液なのか何なのかよくわからないもので覆われた四足の獣だ。


 その顔は鳥にも犬にも見える――嘴っぽい物がついているがつくり自体は犬なのだ。


 ぼたぼたと体から垂れる粘液は何かしらの毒性を帯びているらしい。妙な臭気のする煙を上げて地面を焦がしている。


『何と……何種類と混ぜた?』


 それは異形の怪物だ――明らかに平常な生き物同士の賭け合わせではない。


 おそらく――おそらく二十以上の生物、それも魔性をその身に宿す物ばかりと混ぜたのだろう。急所をつぶしても死なぬ耐久性はその産物だ。


「――サァ、ゼツボウヲアゲル。」


 ニタァと、化け物が笑う――

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