ラストダンス

「お面の人もご無事?です?」


 抱きしめられながら、小柄な少女――マギアの妹であるノワ・カレンダが、後ろで茫然としている白面の少女に声をかけた。


「えっ、あ、うん、ありがとう……わざわざ、守ってくれたんだね。」


「ん、いいの、彼に、頼まれてたから……」


 そう言って微笑むタリスが不思議なことを言った。


「へっ?彼って……テッラ君に?」


「テッ……?あ、槍の人、そちらのかたではないです、今鎧っぽいの来てる、えっと……蜘蛛の人です。」


『もし、僕の計画がすべて思う通りに行けば、マギア――あなたたちの身内の脇に、大きな瞳の文様の面をつけた女の子がいるはずなので、その子も一緒に守ってやってほしい。』


 それはテンプスがソリシッドに彼女たちを救わせた際に託したいくつかの頼みの中の一つだ。


「なんで……私、あの人に何もしてないのに」


 それを聞いて、白面の少女は心の底から不思議そうな声を上げた。


「ん、なんか――」


『後輩の大事な人……だと思うんです。僕が全部こなせれば一番だけど、それは――ちょっと無理そうなので。』


「――って、言ってた、よ?」


「……何でそんな……そんなの……気にするようなことじゃないのに。」


「――そう言う人なんですよ。」


「へっ?」


 最後の声は背中から聞こえた。


 白面の彼女から背を向けるように体を二人の女性に預けていた少女――マギアが語った。


「自分のことだと気にしないくせに、他人のことになるとすぐ手を出して、問題すべて解決しようとする人――変な人でしょう?」


 そう言って、楽し気に語る彼女の声には信頼と慈愛が見えた。


 その答えに、何を返せばいいのかわからなくなっている白面の彼女をしり目に、マギアは二人から体を離す。


「――じゃあ、行ってきます。」


「ん、頑張って、ね。」


「こっちはこっちで逃げときますので!」


「はい――すぐ戻りますから、どこかに隠れててください。」


 それ以上、何かを語る必要はなかった。


 マギアは彼女に許された力を振るい、彼女はその身を戦いの舞台に投げ出した。








「――意外と元気そうだな。」


 そう言って声をかけたのはテッラだ。


 実際、表面的に、彼女の体には異常があるようには見えない――内側までそうとは限らないが。


「ええ、おかげさまで――頭痛はしますし、何ならしばらく歩いてないせいで体中ガチガチになってて歩くのも億劫ですが。」


「そうか……ごめん。」


 そう言って、絞り出すように言った言葉に、興味なさげに視線を動かしたマギアの言葉はことのほかあっけらかんとしていた。


「別にかまいませんよ、あの女に関わったら大抵はそういう目に合うものです、それに――謝る相手が違うのでは?」


「……そうだな。テンプs――」


「いらんよ、別に。」


 ひらひらと深紅の鎧が手を振った。


「後輩のいたずらにいちいち目くじら立てても仕方あるまい。うちの後輩をさらったのはあの婆だしな。」


 兜の中で仏頂面の少年は、至極当たり前のことを告げるようにそう言った。


 真実、彼はそれしか考えていなかったし、どうせ言われるのなら謝罪より礼の方がうれしかった。


「殺されかけてもいたずらですか。」


 呆れたような言葉、これで結構常識的なこの少女にはあれはい所に映るのだろう。


「スキンシップだろう?」


「過激すぎますよ。」


「……うちの兄弟は基本こんなもんだけどな……」


 思い返したくもない記憶が彼の脳裏をかすめる――長男と彼の関係は正直今の彼など比べ物にならない程ひどい物だ。


「小娘ぇ……!」


 しわがれた声が響く、衝撃から立ち直ったらしい枯れ枝のような老婆がこちらに向けて殺意をたぎらせている。


 傍らでは再生を終えた童女が忌々し気にテンプスを睨んでいる――さすがの再生力だ。


「三対二だと一人余るな。」


 視線を向けたテンプスがそっとつぶやく――全員が全員、あの二人には殴りたい理由があった。


「ですね、どうしますか、個人的にあの婆を譲る気もないんですが。」


「ふむ……」


 思案気に呻くテンプスに声をかけたのはテッラだった。


「――なら、俺は下がるよ。」


「いいのか?」


「……良くは……ない。けど、二人の方が因縁が強そうだ、それに――」


 相手を見る目に険が宿る。


 その目が見ているのが、いまではなく過去だと分かったのは次の言葉を聞いた時だ。


「あの女どものことだ、何かの拍子にあの人たちを狙いかねない。」


 やりそうなことだ――とテンプスは思った。


 そして、彼はその光景を見たことがあるのだろう。だから、彼はあの女たちの前に、戦う力を持たない者を放置できない。


「だから俺が守る。代わりにその分――」


「ああ。」


「気合い入れてしばいておきますよ。」


 そう言って視線を自分の相手に向ける二人に、テッラは少しばかり羨ましそうな視線を送った。


「――じゃあ、お願いします。」


 そう言って、彼は地面を蹴った。


 魔力と筋力による大跳躍を魔女たちは止めない。


 止められないのだ、彼女たちの前にいる二人から視線を外せば、何をされるかわからない。


 ゆっくりと魔力を練り上げた老人を前に、気負いもなくマギアは言った。


「そう言えば、二人でこう言うことするの初めてですね。」


「ん……そう言えばそうだな。」


 思い返せば彼女がまじめに戦う、戦える状況というのは彼も見た記憶がない。


「ふふっ。」


「なんだよ。」


「いえ、ちょっと楽しみだなと思いまして。」


 巻き起こった魔力の渦が、魔術の形を成して牙をむこうとしていた。


「何がさ。」


「いつも先輩に驚かされてばかりでしょう?たまには私が驚かせられるなと。」


「……なるほど?」


 どこか愉快そうに告げる彼女に苦笑しながら、告げる。


「いいさ、最後のダンスだ、楽しまないとな。」


 そう笑って、地面を蹴った。


 マギアに向かって飛び出した小さな影を空中で蹴り飛ばした。


 童女だ、地面に転がるそれを深紅の影が追撃した。


 同時に、稲妻と雹がマギアに殺到する。


 魔女の攻撃だ、それをマギアが払いのけた腕とそれに伴う魔力の渦が払った。


 いよいよ舞踏会は終わり――魔法が解けるころだ、十二時の鐘を鳴らす時だ。

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