最後の手品

 ――電磁投射砲という物が、世界にはある。


 電磁気力と呼ばれる力の作用を利用し、物体を高速で撃ち出すそれは、この次元では過去の遺物だ。


 六十年前に殺された魔王は、当然のことながら、それ以前から活動を行っていた。


 天地を乱し、人心を惑わすその力に人間の力はかなわない。


 彼が率いる盛況な魔族の軍隊に、人は『群れ』でもかなわない。


 ゆえに、あの時代、磨かれたのは技術だ。


 数多の兵器が製造され、そして、歴史の闇に消えた。


 電磁投射砲――電磁投射魔術はそんな魔術の一つだ。


 恐ろしいほどの魔力的素養を要するその術は、理論の段階ですら使えるものが限られ、兵器としての運用が叶わないと判断されて、歴史の闇に消えた。


 霊体だったころのマギアはそれを聞き知っていた。


 死した魂の繋留地、おどろおどろしき『闇と闇のはざま』で彼女はこの理論の提唱者と話をした事があるのだ。


 この兵器について聞いた時は、時代は恐ろしいほど進んでいるのだと感心したものだ――まあ、実際はそうでもなかったわけだが。


 ゆえに、あの魔術の恐ろしさは十二分に知っている――防げる魔術師は八人の魔女と自分の家族ぐらいだろう。


 だから、余計に意味がわからなかった――自分を助けに来た少年が、その砲弾をが。




 奇しくも放った本人も同じ驚愕を味わっていた。


 彼が放った電磁投射砲は決して人間にどうこう出来るような技ではない。


 それはテッラ自身理解していた。


 それでも放ったのはこれでなければ勝てないという確信と――放たれた本人の頼みだったからだ。


 二度目の交戦――これが二日前だというのだから驚きだが――の際、テンプスから頼まれたのは二つ。


 自分を倒すときに心臓を微妙に外すこと。


 そして――『もう一度戦うとき、魔女と童女が自分と直線で並んだ時、最大威力の遠距離攻撃をすること。』


 その頼みに従い、テッラは彼が放てる最大の遠距離攻撃――電磁投射砲を放った。


 これを撃てば相手を確実に殺せる、まさしく必殺技だ。


 そんな技を放っていいのか?


 そう考える自分を、しかし、彼の一言が後押しした。


『――信じろ、これでもあいつの兄貴だ。』


 そう言われたとき、彼は槍に仕込まれた機構を動かした。


 槍の柄の中に魔術で形成した磁性体のレールを作りだし、超電圧でもって強い磁界を作る。


 槍の先にあつまった電光はこの時に出たものだった。


 充填が十分になったと考えたタイミングで、彼は磁性体の砲弾を作り上げ魔術で槍の穂先を二つに分けた。


 磁界の力で高速で撃ち出される砲弾は、音の五倍の速度でもって、彼のもとに瞬きする暇もないほど素早く到達して――


「――――!」


 真下から『扇の羽』が開いた――いや、開いていた。


 砲撃を放った時、すでに、剣の刀身は砲弾の


 半円を描くように切り上げられた斬撃が、砲弾を割断する。


『――おい、サンケイ――』


 やっぱり、お前が剣技で兄さんに勝ったって嘘だろう?


 切り裂かれた砲弾を目で追いながら、テッラはそんな事を思った。





 誰にも見えない桜色の燐光を伴った刀剣が砲弾をまるでケーキのように容易く切り裂くのを感じながら、テンプスは自分の計画がすべてうまくいたことを感じていた。


 音速の五倍の速度が出ると言われている電磁投射砲に人間の速度では太刀打ちできない。そんな事2000から知っている。


 だが、


 ならば、理論上『物理的にものを当てることはできる。』


 そして、この距離ならば、放たれた砲弾は稲妻すら置き去りにして弾着する。


 彼の一撃は、それを利用してのことだ。


 来るタイミング、振る速度……コンマ00秒以下の時間だけ存在する完璧な瞬間に剣を当てる。


 彼がこの動きを計画したのはあの日――テッラの理由である少女の存在を知った時だ。


 全てを同時に対処する必要があった、ひとところに居なければ、時計があっても救いきれない。


 そのためにここまで状況をそろえた。


 電磁投射砲のことは知らない、だが、彼ほどの強者が遠距離に攻撃できる技を一つも持っていないなどというのはそれこそ考えられない事だ。


 全てに同時に対処する――それが彼の計画の肝だった。


 魔女たちは確実に自分にとどめを刺しに来る。


 でなければ安心できないからだ、一度、死の淵からよみがえられている以上、今度こそ本当に殺しておかなければ安心はできない。


 彼女たちが脅迫に屈することはない、なぜなら、受け入れるわけにはいかないからだ。


 テンプス・グベルマーレは魔力不適合者である。


 それは彼を知るものならだれでも知っている事実であり、同時に彼の存在価値を著しく損なうことだ。魔術全盛の時代に、彼の存在意義は薄い。


 そして、そんな男に魔術を使ってなお、対処できないことがあるということは『魔女としての名声の死を意味する。』


 あの魔女――『名声の魔女』がそのようなことは決してできない。


 だから、自分を殺しに来るはずだと踏んでいた、なぜなら、罠を解いている最中に罠を起動されてはどうにもならないからだ。


 殺してから、罠を解く。


 それが彼女たちの考えであり、だからこそ、こいつらは確実にここに来る――マギアたちを連れて。


 それは自分の行動を縛るための鎖であり、同時に彼女たちの計画をより円滑にするための措置だ。


 自分の死を見せつけ、マギアの心を折る。


 そうして、支配を盤石にして――計画を実行する。


 そのために、テッラを差し向けた。自分を疲労させるために。


 彼女たちは怖いのだ、未知の力を扱う自分をマギアと同等の脅威として見ている。だから、捨て駒を使う。それも、一度勝ったことのある駒を。


 そして、テッラを操るために、こいつらが何をするのかもわかっている――あの彼女を使うのだ。


 そして、脅しのためにここに連れて来る――ここに連れてきてこういう――「この子を殺されたくなければしたがえ」


 悪人のパターン、すべて読み通りだった。


 だから、ここから先の動きもわかる。


「――コンスタクティオン コンストルティ コンストラクション――」


 手ごたえを感じるのとほとんど同時に、マギアの服に隠れて潜行していた水晶の蜘蛛が彼女の首輪に飛びかかった。


「【弾矢からの保護】。」


 魔女の指が動き、魔術の言葉が響く。


 斬撃によって切り裂かれた磁性体の砲弾は斬線の軌道に合わせて跳ね上がり、勢いよく斜め上に軌道を変えた。


「――やばっ――」


 童女の口が動くのが分かる、この威力なら、あの童女には防げないのは分かっていた。


 魔女の張った障壁と弾体が着弾、二人の眼前で魔術の壁と弾体が激突して強い光をまき散らす。


 拮抗する力――それを見ていた童女の手から力が抜ける。


 その手から、鎖をひかれたように彼女が逃れた。


 体を倒し、マギアのちょうど真横に倒れ込む――3フィート圏内に入った。


 瞬間、水晶の蜘蛛が力を放出した。


 オーラの爆発、魔力と対抗し、魔術を砕く波動が周囲に高速で発散された。


「我が求め訴えに答えよ――」


 振り向きながら、淀みなくテンプスの口が動く。計画のままに。


 周囲に放射されたオーラの力が、二人の人間にかけられた魔術を解く。


 休眠状態に入る水晶の蜘蛛は、『最後の仕掛け』に後のことを託した。


 マギアに魔力が戻る――だが、魔術を使うのには時間が足りない。


「――お祖母ちゃん!」


「【霊体の拘そ――】」


 魔女の指が動く、魔術を使う前に彼女に新たな術による干渉を試みる――


「――ああ、ごめんなさい、ね?」


「それはご遠慮していただきたいです!」


 ――それよりも早く、後ろに侍っていた二つの影が二人の虜囚を庇うように立ちはだかり、体から流れ出す強大な魔力でもって二人の妖婆を弾いた。


「――はっ?」


 そこに居たのは、先ほどまで自分の僕だった女たち。


 あの忌々しい「慈悲」の小娘の家族。


 先ほどまで自分の僕だった物たちが突然反旗を翻した。


 ――これが、


 驚く魔女たちにほくそ笑んで、テンプスはそっと最後の言葉を紡ぐ。


『――constructione構築


 勢いよく、胸の中心に時計を押し付ける。


 陽炎のようにオーラが立ちあがり、鎧を形どる――いよいよ終わりの始まりだった。

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