電光の一撃
『土石の覇者』――テッラ・コンティネンスはただの戦士ではない。
この闘技場きっての才児であり、武勇と魔術に愛された者。
今まで何物も勝つことのかなわなかった災害だ。
岩を引き裂くような怪力の腕を持ち、風よりも早く動く足を閃かせ、宮廷に居ても遜色のない魔力を有している。
あらゆる敵を一撃で沈め、雲霞のごとく死体をつみあげた。
そんな男に向かって剣を振るって走る黒髪の少年は、目にしている観客から見れば、嵐に棒きれで挑みかかる子供のように見えたことだろう。
風切り音だけで肌が切断されるのではないかと思うような息緒で振り抜かれる槍は、屈強な魔族も、熟練の騎士も、円熟の魔術師すら沈めて来た稲妻のごとき一撃。
その一撃を前に、黒髪の少年の姿はかき消された。哀れな少年は、理解の及ばぬ怪異に挑み、そして無為に果てた―――
ガチン!
――わけではない。
甲高い金属音に視線を走らせれば、視線の先では黒髪の少年が形のおかしな剣を振るい、慮外の化け物に襲い掛かっている。
足を狙った突き、腹部を狙った払い、頭部をつぶさんと振り下ろされる一撃――
その悉くを、テンプスはまるで宙に舞う花弁のように頼りなさげな――けれど、確かな動きで躱していた。
時計を使っている余裕はない。早すぎる。
それに――必要がない。
『――やっぱり力が増してる。』
一体何がよかったのかはわからない。
この男との三度にわたった戦闘によるものか?あるいは彼女を助けるために挑んだ百にも及ぶ戦いの結果か?それとも、二度の臨死体験の影響だったろうか?
わからないが、彼の中で両親や兄から習い、培ってきた力と祖父から受け継いだ力が奇妙な混ざり合い方をしながら、彼を導いているのを感じていた。
足はほとんど自動的に、最も最適な力で最も最適な位置に降り立つ術をスカラーの技術から掬い上げて彼の体に枯れ枝に流す水のように与えていた。
腕と手は体に流される力を完璧なタイミングで握り、反動など感じない程軽やかに動く。
『なるほど、こいつが『戦士の波』とやらか……』
彼はスカラーの古い英知に刻まれた知識を思い返す。
それは『想念の戦士』と呼ばれるスカラーの戦士が感じるとされるある種のパターンであり、彼らが身を任せる力の正体だ。
『正当なスカラ・アル・カリプト』達はすべてこの『想念の戦士』の修練を終えて、その上でも最も優秀な物が選ばれる存在だった。
そう言う意味において、テンプスはいまだに『正当なスカラ・アル・カリプト』ではないのだ。おそらく、その入り口にも立っていなかった。
それが今、ようやく入口を目にした。
完全な力ではない、完全な形でもない。
ないが――それでも、彼の力は間違いなくその領域に届き始めている。
足払いを兼ねて放たれた一撃を足の平で受け止め、そのまま槍を踏みつける。
一瞬、槍の戻しが送れた。
その瞬間に、彼は手に持った剣を相手の目線の高さで降り抜く。
とっさに、テッラの体が沈む。
そのまま、低い姿勢で体を回して槍をで切り払うように足元を払った。
テンプスの体が跳ねる。
空中で宙返りのように体を盾回転させたテンプスに、テッラの槍が迫――
ガオン!
――らない。
左手の中で鉤爪のような形に姿を変えたフェーズシフターが砲声を響かせて槍の軌道を弾く。
そのまま、地面に着地したテンプスは、引き金を連続して引き続ける。
ガオン!ガオン!
連続する砲声がテッラにたたらを踏ませる、これ以上の追撃の困難さを悟ったのか、ゆっくりと後退を始めた。
これもまた、観客には予想外のことだった。
これまで、テッラが下がったところなど、見たことがないのだ。
始めて見るものは驚きと、先日の試合を知る者はあれが八百長ではなかったことを知り、驚きと恐怖の入り混じった眼で舞台の上を見ていた。
「――あはぁ、やってるやってる。」
ひどく小さいその声が、テンプス達の耳に入ったのは、闘技場全体を包む静寂のせいだ。
テンプスが体を回し、ほぼ真後ろを向いた。そこに居たのはあの夜に出くわした気色の悪い童女だった。
以前と同じ耳障りの悪い金属音のような金切り声を上げるその女の手には傍らにはひどく血色の悪い、枯れ枝のような老婆とそれぞれ鎖を持った
「――先輩――」
一週間ぶりに肉眼で目にする後輩は、いつもと変わらず美しいままで――ただ少し、顔色が悪いように見えた。
頸に何かしらの文様の書かれた首輪をつけられ、ているその姿っはひどく退廃的だ。
どこか懐かしむようにこちらを見つめる少女に軽く微笑んで見せる。
「ん?何々?私ったら人気者じゃない?やーん、困っちゃう。」
踊り出しそうな調子で、童女が言った。どこまでも気味の悪い女だ。
「まあ?この私の美貌にかかれば注目を集めるのもやむなしだけど?けどねー」
どこか困ったようにそう言って、童女がマギアによく似た少女――確かノワだったか――に会釈する。
その手に持った鎖が引かれて――現れたのは白磁に瞳の意匠の面をかぶった少女だ。
何かしらの術で抵抗できないのか、されるがまま引っ張られた彼女はそのまま流れるように歩いて――童女の手に収まった。
「――戦わなくていいの?」
その光景にテンプスが眉を顰める――彼女の酷薄な表情はそのまま脅迫に等しい力を持っている。
抱きかかえるように体に回された腕には人を殺すに足るだけの力が見える。
一瞬、テンプスの意識がすべてそちらに向いた。
「――先輩!前!」
叫んだマギアの声で彼の感覚器が、魔力の高まりを感じる。
その先は――
「――わるい、先輩。恨みとかじゃないんだ。ないが――」
そう言いながら、テンプスに向けた槍の穂先に稲妻が収束している。
その光景は神話の中に現れる英雄のようで――その槍を向けられている側でなければ、その光景に感動するような一コマだった。
「――逃げてください!それは――」
後輩が叫ぶ、言われずとも、明らかにやばいことは明確だった。
心臓を鷲掴みにされ、恐怖に膝を屈したくなるような恐怖を前に、それでもテンプスの手はなめらかに動いた。
装填されたブースターに再びオーラを流す――狙いはわかっている、あとは放つタイミングに、自分の動きが合致するかだ。
魔力の強い高まりを感じる――ここだ。
「死んでくれ。」
テンプスが動き終えるのと、稲妻の速度で何かが打ち出されるのはほとんど同時だった。
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