最初の関門
『要求は……まあ、わかってるよな、うちの後輩とそれにまつわる者を全員返してもらおう。毛筋の先ほどの傷もつけずにな。』
「――お祖母ちゃん、これ――」
「気にしないでいいさ、魔力不適合者ごときに何ができるってんだい。そんなことより早いとこあの小娘と私の「作品」共を連れて来な。ちと早いが計画を実行するよ。」
廊下に響く忌々しい男の声に顔を顰めた老婆が鋭くいった。
一体どうやって生き延びたかは知らないがどうやら、この出来損ないの孫の言うように何かしらの技を収めていたらしい。
「でも……あのへんな幕、まだ解けてないのよ?」
どこか心配そうに黒い頭巾をかぶった孫が声を上げる。
実際、彼女からすればこの状況は祖母のせいだ。
自分は警戒しようと言っていたのに、まんまとしてやられた。
『こんなだから最初の計画とやらも失敗したのだ!』と内心で毒づいているのには相応の理由があるのだ。
「それが何だってんだい!高々ガキのやったいたずら如き、太古の魔法の前で何の役に立つってんだい!」
そして、それは魔女も自覚している。
よもや、あの傷から生き残れるなどと考えもしなかった――傷が癒えなくなる呪いまでかけたというのに。
『っち……まあ、いいさ、こうなったら少々不安定だが計画を実行しちまうにかぎるね……』
二人分の精神は支配しているのだ、どうにでもなる――いざとなれば『終わった後』に術を掛けたっていいのだ。
『まってな、守護の小娘!あんたの子供じみた願いなんてあたしが――』
彼女の中にある、1200年分の怒りと怨嗟が顔を出す、計画を邪魔された恨みがふつふつと煮える――それが逆恨みであっても、彼女には十分な原動力だった。
彼女には公算があった。あの場所に――『生物混合器』にさえあの忌々しい女の家族を放り込んでしまえばこちらの勝ちだ。
たとえオモルフォスの――『美貌』の呪いを弾けようが関係がない、あらゆるものは自分の前にひざまずきこのの小生意気なガキも自らの意志で自分の首を差し出すだろう。
その光景を幻視し、ほくそ笑んだ魔女の耳にその思惑全てを壊す一言が届いたのはその時だった。
『―――ああ、ちなみに僕を放り込んだ部屋に行くつもりだろうが罠を仕掛けておいたのでやめておいた方がいいぞ。』
――その言葉は看過できない。
「――お祖母ちゃ――」
「黙りな!こんな物ただのはったり――」
『人質はおまけだと言ったろう――本命はこっちだ。解けないんだろう?僕の張った幕。』
「!」
それは先ほど、出来損ないの孫が告げた一言だ。
自分もそっと観察していたが――あんな術は知らない。
知らない術は当然だが解けない。解き方が分からない。
『あれは僕が扱う技術で出来てる、魔術師とは相性が悪い――魔法とはもっとな、あのままの状態で『混合器』に彼女を突っ込んでも機能せんぞ。』
歯噛みする――それが事実か偽りか、魔女には判断できない、彼女はあんな術は知らないのだ。
『ついでに言うなら、僕の言う『罠』も僕の技で組んである、すくなくともここに人がなだれ込んでくるだろう2、3時間であんたらには解けない――複雑にしてきたからな。』
そう言って嘲るように嗤う小憎たらしい男に歯噛みする――どうしてくれようか?
『どうする?僕を殺して罠が消えるか試すか?べつに構わんよ――どのみち、あんたらには無理だ。』
そう笑う声に唸り声をあげた老婆は、じきに何かいいことを思いついたように顔を上げた。
やはり、あまり多方向に手を伸ばす物ではない。
伝声管の前で、たらりとテンプスの頬に汗が流れた。
先ほどから行っている脅迫なのか、取引なのかわからないこの会話は、見た目ほどテンプス有利に進んでいるわけではない。
何せ、マギアの身柄は向こうにあるのだ。このまま逃げられては追いかけられない。
層でなくとも、要らぬちょっかいを駆けられる危険性はある。
彼女は幕――『バイオマグネティクススキン』で守っているが、それにしたって完全ではない。
以前も語ったことだが、あれには一度呪いを弾く程度の力しかない。
その上で、彼女の体の幕がまだとれていないと魔女達が勘違いしているのはあくまでも『見ているうちは水晶の蜘蛛が常にマギアのオーラを使って張り続けているから』に他ならない。
彼女の閉じ込められた石室には監視の魔術がない事を利用したトリックだった。あの部屋では『魔術は使えない』ということは監視もできないと考えてのことだ。
さらに言えば、その関係上、彼女の母や妹には同じことができないのだ。つまり――何かされても守れない。
これで、彼女と彼女の家族だけなら、ほかにも方法はあった。
装備を手に入れると同時に彼女たちの監禁場所に突っ込む、それだけで、あの二人の計画は頓挫する。
だが彼にそれはできない――陶器面の彼女の所在がつかめなかったのだ。
おそらく、テッラに居場所をつかまれないように常に移動しているのか、もしくはどこか特別なエリアにいるのだろう。
蜘蛛もあれ以来彼女を探し出せていなかった。もしできていればもっとましな計画もたったのだが……
この計画は何度も言うように、相手が自分の思う通りに動くことを前提にした計画だ。もし何かが狂えば――その時点で、何かを見捨てる必要が出てくる。
それだけは避けたい、なんだって屑のために被害者を見捨てねばならない?
テンプスは自分が決して素晴らしい善人ではないと思っていたが、その程度の分別はあるつもりだった。
だから、彼は彼の父が奉じる闇の父に祈りながらその時を待っていた。
しかして、その一瞬は唐突に、しかし望んだとおりに訪れた。
扉の前に気配。
土と稲妻の混じった魔力が肌を叩く――
「来たぞ。」
厳かにバルドが言った。
「ああ――手筈通りの頼むよ。」
「任せろ――武運を祈る。」
「どうも。」
言いざま、腰から引き抜いたフェーズシフターが轟音を響かせる。
狙いは目の前の伝声管――の先にあるガラスだ。
闘技場が一望できるその魔力で強化されたガラスを砲撃が襲い、その体を粉々に砕きながら突き抜ける。
次の瞬間、テンプスの体は意思に従って地面を蹴った。
ガラスと共に宙に浮き、闘技場に向かって落ちていく。
その視線の先で、実況用の部屋のドアがはじけ飛んだ。
稲妻と土石の砲弾で開かれた道を、影が突き抜ける。
「――どうも先輩――死んでくれ。」
「やぁ、後輩――悪いが断る。」
言いながら、彼は手の内で変形した剣のフェーズシフターを構えて、追いすがる影の一撃をいなした。
お互いが離れる――地面が近かった。
すでに差し込まれているブースターが引き金を引かれるとともに力を開放し地面に向かって強い一撃を放つ。
斬撃のパターンで強化された斬撃――いや、剣の腹で放ったから衝撃か――の威力は彼の位置エネルギーをかき消すのに十分な力があったらしい。
無傷で地面に降り立った二人はお互いを眺める。
「元気そうだな……死んでればよかったのに。」
「いろいろやる事が多くてね……楽だとは思うんだが。」
「今から死ぬか?」
「まだ終わってないんでご勘弁だ。」
「そうか――でも死ね。」
強い怒気と共に影――テッラから魔力がほとばしる。
テンプスも構えた――いよいよ、けりをつける時が来たらしい。
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