ある転生者の……誤算?
「――見つけたわよ。」
そう言って、彼女が声をかけてきたのは兄とマギアが消えて5日目のことだ。
「!」
驚いたように目を見開く濡れ羽色の少年――サンケイは、はやる気持ちを抑えるように声を潜めた。
「――どこにいたの?」
「それが……かなり厄介なところよ。」
「!」
その一言を聞いて、サンケイはひどく喜んだ。
「――つまり何か?二人はその……『舞踏会』とやらにいると?」
「ええ、少なくとも、私が調べた限りは……」
胡乱な視線を向けてくる姉に、アネモスが沈痛に告げる。
実際、それはひどくうさん臭い話だ。特に、この学園にいるような生徒からすれば。
「舞踏会というとあれだろう?あの都市伝説の……」
「そう、落ちぶれた騎士や浮浪者が人生の逆転を掛けて戦う――なんて言われてるあれよ。」
「……本当にあるのか?騎士が摘発しようとして失敗しただろう。」
「あるわ、それは確実。」
そう断言する妹に意外そうに眼を見開いた姉はどこか面白そうに声をかける。
「何故そう思う。」
「この学園に関わってる人間がいたのよ。」
「!」
その言葉にサンケイが目を見開く――それは本当に驚きだった。
これは『設定集にしか載っていない情報』だったからだ。
「ほう……誰だ。」
「この前の事件の用務員。」
さらりと告げるその情報は、しかし、一般の学生如きが入手できるものではない。
学園側もそれを理解していないことを、彼女がそれを知っている理由は一つ――
「……お前、国際法院の捜査資料をかすめたな?悪い女め。」
「人聞きの悪い……ただ、うちの製品はどこでも使ってるってだけだわ?」
そう言って微笑む妹を、姉は心底面白そうに笑う。
「お前がそこまでやるとはな!そんなに義兄上がしんぱ――」
「あまりふざけたこと言ってると、お母さまに言って訓練場潰すわよ。」
「いつまでもそれが効くと思うなよ妹!弱点は補強してなんぼ――」
「この前、お母さまの余所行きの服が訓練と称したお遊びで台無しになった話もつけるわね。」
「妹?妹、そう言うのはいけない。」
「なら黙りなさい。」
「あい。」
しおれた根菜のようにしなしなと体を沈めた姉を眺めた彼女は視線を友人たちに戻し――
「舞踏会……ああ、あの、下水の下でやってるやつ?」
「知ってるの?」
驚いたように声を上げるアネモスになんでもないかのようにネブラが告げる。
「ん、誘われたことあるし。」
「ほう!」
しおれたフラルがはたと跳ね起きる。
「いつだ。」
「学園は行ってすぐかな、興味ないから断ったけど。」
「ということは場所も知っているのか?」
「知らない。断ったタイミングで接触亡くなったし。」
「ふむ……だが、実在は確実か。」
「たぶんね、少なくとも俺は接触した事あるよ。」
「ならば……あり得るか。」
探し人がそこに居ることがだ。
「それで、妹――どうやって入る?」
「……一応聞くけど……いいのね、かなり危険だけど。」
「愚問だな――はなからそのつもりだろう?」
そう言ってこちらを振り返る赤髪の少女をサンケイは頼もしそうに見つめた。
『――よし、ここまでくればもう話は完璧だ。』
家に帰る帰路に就くサンケイは独りでほくそ笑む、ここまでうまく計画が走るのは久しぶりだった。
思えばマギアが来た頃から、うまく話がじぶんのおもうとおりにならなくなってきた。
一時は原作での兄の思念が邪魔でもしているのかと思っていたが……それも、ここまでのようだ。
『ああ、あの女にも情報を流しておいてよかった!』
「――ねぇ、貴方のお兄さんについて聞きたいことがあるんだけど。」
黒い頭巾をかぶった少女がサンケイを訪ねてきたのは兄が消えた翌日のことだ。
そう、彼はチームに兄の不在について語った時、すでに彼がどこにいるのかを知っていた。
より厳密にいえば、『兄があの掃きだめに連れ去られている』のを知っていた。
そこで、彼はこの少女――このシナリオにおけるボス枠である二人妖婆の片割れ。
「――ええ、いいですよ。何のことです?」
そう答えながら『狼喰らいの黒頭巾』と呼ばれるこの少女がなぜ自分のところに来たのかサンケイは分かっていた。
だから、望む情報を渡した。
彼の弱点、体質、使う武器に技――テッラから伝わっていない可能性も考慮してすべてだ。
『あそこまでやったんだ、たぶん、テンプスはもう死んでる、テッラは……できれば生きててほしいけど、もしかするともう遅いかもな。』
それでも、マギアとその家族、そして『瞳の魔人』は自分の手に入れられる。
『よし、よしよし!一応あの婆用に魔術抵抗は全身がガチガチにしてある。この分なら問題なく行けるはず――』
そう考えながら、彼はたどり着いた自宅――大叔母の民宿にたどり着き、その扉を開く
「ただいま、叔母さ――」
「――あら、お帰りなさい。」
――鈴が転がるような声が聞こえたのはちょうどその時だ。
その声には覚えがある、三渓としては声優の声として、そしてサンケイとしては同学年の生徒として聞いたことあった。
突然かけられた声に驚き、視線を向ける――そこに居たのは三人の人間。
「――どうも、サンケイさん。お初にお目にかかります、私アマノ・テルヨと申します。以後お見知りおきを……」
そう言ってしずしずと頭を下げる美少女は、ついこの間用務員に告白を邪魔された人気キャラクターであった。
ただ、サンケイはその少女にそれほど注意を払っていられなかった。それよりも差し迫った危機に瀕していたからだ。
『悪鬼がいた。』
怒髪天を衝くように怒りの気配を醸し出しながら、こちらをまんじりともせずに見つめるその顔はまさしく悪鬼のそれ。
「つきましては、あなた方の計画しておられる地下への侵入に私とそこの彼、ついでに――あなたの叔母さまも混ぜていただきたのですが、よろしいですか?」
そう言って朗らかに笑う顔はどこか、今の状況を楽しんでいるように見えた。
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