ちょっとしたいたずら
週の中ほど、この施設はひときわ賑やかになる。
それが、国全体で信じられている迷信的な慣習によって引き起こされる慣例的な企業の定休日によるものなのか。
あるいは単純にその休みにかこつけて人々の苦悩を見たいと思う人品の賤しいものがそれほど多いのか、因果関係を調べた者はいない。
ただ明確な事実に基づいて、この施設――地下の闘技場は采配されていた。
『週の中ほどは人が来る。』
それはこの施設の重要なファクターであり、それに基づいて施設は運用される。今日もそうなる――
「――何でないんだ!」
――はずだった。
「わ、わかりません!昨日確認した時は確かに――」
その日、この施設はハチの巣をつついたような騒ぎだった。
それはひどく突発的で、驚くべき事態によって引き起こされた重大事案――
この施設の食料、貯蔵品が悉く消えたのだ。
口論を繰り広げる二人の人間の目の前にあるのはがらんとした広い部屋。
一定の気温に保たれ、あらゆる物資を確保するために作られた魔術的な貯蔵庫だ。
本来は食品や酒類が所狭しと敷き詰められているはずのこの部屋が、今は何が起きているのか、空になっていた。
一夜にして、忽然と。
初めから何もないかのように完全に消え失せていた。いっそすがすがしいほどに。
「わかってるのか!?今日は人数が多いんだぞ!この調子では今日の営業に差し障る!」
おそらく上役なのだろう、片方の男が叫ぶ。
「わかってますが……ない物はないんです!今朝、貯蔵庫を開いたらすでに何もないなくなっていて、そこに行ったのか皆目見当がつかないんです!」
部下であろう男が悲鳴のように叫ぶ――彼からすれば、それは悲鳴以外の何物でもなかった。
あの臭い闘技場のごみ溜めから、やっと貯蔵庫の担当になれたとたんにこれだ。
涙を浮かべながら叫ぶ部下に、上役は頭を掻いた――彼からしても、これはかなりありえない事なのだ。
貯蔵庫のカギは基本的に、彼とその上にいる存在だけが持っている。その中身が消えたとなれば、疑われるのは彼だ。
そもそも、一体どうやって盗んだのだ?鍵は自分が持っていた。先日の終業時に確認した時は今日の営業分の在庫はあるはずだったのだ。
なのに、今はない……まるで狐につままれた気分だった。
「――とにかく、上に報告する……今日の営業はできない。」
すぐさまその情報は伝播され、それからという物、施設は上から下までの大騒ぎだった。
どうにか、彼らの最上位に位置する存在――魔女の機嫌を損ねないように、彼らは貯蔵庫の中身を探して、施設の中をひっくり返えすような勢いで探し始めた。
そんな混乱の中を、ひそやかにもぐりこむように水晶の蜘蛛が駆け抜けていた。
『――なるほど?』
数多ある人骨の中心で、部屋の床を調べ上げていたテンプスはその目に映る力の流れを確認しながら、納得したように一つうなずいた。
調べれば調べる程、不思議な部屋だ。
明らかにこの時代の主流の魔術体系ではない。門外漢のテンプスですらわかるその異様な魔術円をしかし、テンプスは知っている。
『太古の魔法……そうか、この部屋自体が古い遺物なのか……』
それならば、あの装置についても理解できる。
彼はてっきりこの設備は後から増設されたとばかり思っていた。が、この様子だと――
『ここがこの施設の起点なんだな。』
これがあったのがここだったから、この町にこの施設ができたのだ。
この部屋の陣形は『生物混合器』と無関係の魔法の発動体だ。
おそらく、この部屋は闘技場の真下にある。この上で行われる命のやり取り、それがこの部屋に力を与え――
『――反射された力が対象の体に宿る魔力を純化させる。』
テッラの異様なほどの力はおそらくそれが原因だ。
元々優れた素質ある存在を此処で戦わせるためにあの仮面の少女を確保し――テッラに無用な戦いを強いている。
その果てに待つのは――
『餌か……さもなきゃ素体か……』
そして、マギアを回収したのもおそらく――
完全に計画は理解できない、が、明らかに正気な人間のやる事ではない。
『ずいぶんと勝手なことするじゃないか……まだ、あいつの人生にケチつける気か……』
ゆらり、と怒りの炎が沸き立つ。
「――ぶっ潰してやる。」
思わず口について出た言葉は、思ったよりも過激な物だった。
そんな彼の足元に、カサカサと何かが近寄る。
「――どうだった?」
その小さな影に、テンプスは声をかける。
その声に、言葉にならない音のしない声が返事をする。
『問題ない。』と。
「――よし、あとはこっちだけだな。」
そう言って、彼は彼の作品を眺める。
『生物混合器』と部屋全体にかかるように部屋全体に描かれたそれは絵だ。
それは、パターンの原型。
最も古いスカラーの力の形――グリフだ。
パターンよりも洗礼されていないが、同時により力のあるその図形は、彼の計画の要だ。
後ろで食事を勧める魔族たちの音を聞きながら、テンプスは計画が大詰め近づいているのを感じていた。
後ろから聞こえる音を考えるのなら、あの貯蔵されていた食事は一日分にしかなるまい――が、問題はない。
『時計の場所は判明。手品の種は仕込んだ。後は……』
こいつを書き上げるだけだ――
肩を鳴らしながら、テンプスはおもむろに作業にかかった。
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