魔術と技術

「――ですから、この時計は私たちにはただの時計にしか……」


「そんなはずがないだろう!」


「しかし……妙な気候はついていますがそれに魔力を通してみましたが、そこに何の効果も生まれないのです。」


「だが、実際、あの魔力不適合者はこの時計で何かしらの力を使っている!証言があるのだ!それも複数!何かしら、魔術的な措置があるはずだ!」


「あったとしても、この施設ではわからないのです!」


 二人の男の言い争う声は熱を帯び始めていた。


 原因は――机の上に置いてある円形の美麗な装飾の施された時計だ。


 近頃では決して手が出ない高級品ではなくなったそれが、彼らのもめ事の種だ。


 彼らはこの施設のトップから直々にこの時計についての調査を仰せつかったこの施設内でも殊更に優秀な者達だった。


 全部で十人いる研究員の中でも、最も血の高い研究員は彼らの上司の叱責を恐れて、その仕事完璧にこなすべく力を尽くして――その結果に絶望してた。


『何もわからない』のだ。


 彼らの技術は世界でも有数だ。


 幾らか『倫理的障害』とやらで学会を追われたが、それでも彼らは魔術の研究において幾らかの有用な発見をした事で知られる。


 そんな彼らでも、この時計は分からない。


 時計については分かっている。


 龍頭を特定の手順で動かせば文字盤が外れて、何かの機構が作動する。


 そこまでは分かるのだ、そこまでは分かるのだが――そこからが分からない。


 この時計は何なのか?どんな機構があるのか?現れた部分にどんな意味があるのか?


 彼らの知識ではその『最も重要な部分』が分からない。


 この現れた部分に刻まれている配線のようなものは魔術を使うための要件を果たしていない。


 試しに流してみた魔力にも反応がない。


 だが、この時計が何かの機能を有しているらしいことはすでに報告が上がってきている。


 デュオ家の一件でハウンドの一人を完膚なきまでに叩き潰し、あの闘技場の覇者をして「あの時計を持たれたら勝てない。」と言わしめる何かの力を有しているのだ。


 だというのに――その正体がわからない。


 解体はできない、元に戻せる自信がないのだ、そもそも、すべてのパーツが精密に並びすぎて、解体すらできない――どこから解体すればいいのかわからない。


「俺たちにはわかりません!持ち主に何とか情報を――」


「すでに死んだと言ってるだろう!そもそも、あの女が許すはずがない!」


「だが、これ以上何を調べればいいんだ!構造の解析すらできないんだぞ!あのクソガキにすらだ!」


「だから、何か案を出せって言ってるんだろうが!」


「ねぇんだよ!!あのおかしな剣も!この時計も!俺らにはわからない技術なんだよ!!」


 とうとう、つかみ合いのけんかに発展した二人の男を、ネズミの小さな瞳が見ていた。





「――だから、声がしたんだって!」


 据えたようなにおいのする居室の一室で、二人の女が言い争う声が響いた。


「あの女の小細工じゃないのかい?」


「できるわけないでしょあの部屋で!」


「だが、あんたは実際に死んでるじゃないか。」


「その結果としてくるはずの、呪いを防いだのよ!おばあちゃんなら同時にできるっての!?」


「やってやれん事はないね。」


「嘘!」


 見た目に似合わず――あるいは見た目に会うように――童女が子供のように枯れ枝のような老婆に食って掛かる。


 それは彼女からすれば当然のことだ。先ほど受けた異常事態を、彼女は重く受け止めていた。


 先ほど――と言ってもこの老婆の「お楽しみ」のせいですでに四時間ほど無駄にしているが――彼女がマギアのもとで見た異常事態はそれほど恐ろしい事なのだ。


 あの部屋の魔術に綻びはなかった。


 二度も調べたのだからそこは間違いない。


 であれば、自分が見たあの現象は自分たちの知らぬ魔術によるものである可能性が高い。だが――いったい、誰がこの術を使ったのか?


「あの男よ!何かしらの術であの子を鼓舞したの!そのせいで心が折れてないのよ!」


「あの出来損ないのガキかい?ありえないね。」


「でも、アイツの声がしたのよ!」


「あれは、魔力不適合者だろう?あんたが言ったんじゃないか。」


「それは……」


 童女が顔を顰める。


 それもまた事実だった。


 あの男をこの『餌場』に入れるとき、下調べは完璧に行った。


 この男の所属する学院の教員を抱き込み、幾人かの鼠も潜らせた。


 。間違いない。


 その上で――あの男は魔力不適合者だ、それはもはや何の疑いもない。


「知ってるだろう、この体質のごみどもがれほど使えない不完全な生き物か。水の中に生えてる水草の方が有用なぐらいだよ。」


 実際、この体質の人間に魔術は使えない――出来損ないなのだ。


 ゆえに、老婆の言うことは正しい――一般的には。


「でもあの男の声なのよ!明らかにおかしいでしょう?」


 それでも童女は引けない、1000年近く生きて来た彼女の危機管理能力が悲鳴を上げている。


「じゃあ、何かい、その出来損ないが新し魔術でも作ったってのかい?」


「それは……」


「大方、あの小娘の涙ぐましい抵抗だろうよ、あらかじめ仕込んでたような魔術を起動させたのさ――あんたみたいな半端物を脅すためにね!」


そう言って愚弄するように嗤う老婆に、童女の思考は一瞬怒りを覚えたが、すぐにそれを収める。


「それより、あんた、準備はできてんのかい?」


そう言ってこちらを指し示す老女の骨ばった指から逃れるようにに童女は視線を逸らす。


「……それが、鼠共のせいで一日遅れるかも。やっぱり外から『引っ張ってくる』と、被害出るわ。」


「――っち、またかい……まあいい、どうせ、もう誰にも手は出せないんだ、ああ、待ち遠しいねぇ……」


 そう言って恍惚の表情を浮かべる老婆を童女はどこか胡乱な顔で見ていた。





 そして、その光景を眺めていた水晶の蜘蛛は自分の破壊工作がうまくいったことを理解して、こそこそと、ネズミの穴から部屋を出た。

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