古の因縁
――太古スカラー文明
テンプスに力を与えるこの文明について、人が知っていることは少ない。
曰く、魔術を使っていなかった――とか。
曰く、その都市は黄金に輝いていたとか。
曰く、都市に流れる水は悉く霊薬のごとき効果を示し。
曰く、物に手で触れることなく自在に操り、生活をする。
いろいろな話はあるものの、それがどのように扱われているのかが、わかっているのは世界でも少数――あるいは、テンプス・グベルマーレとその祖父だけだろう。
ただ――大体の人間が知っていることが一つある。
『滅び方』だ。
彼の文明がどうして消滅したのか。それだけは――今の時代を生きる大抵の人間が知っている。
それは、まさしく伝説――神話のごとき逸話として世界の魔術信仰を支えているのだ。
それは、2000と数年――テンプスと祖父の調べでは8年――前のある日、当時は雨の月の十三度目の太陽の昇った日と呼ばれたその時に、その『災害』は起きた。
良く晴れた日であったと、ある男の手記には記されている。
当時首都のあったその場所の上空に突如として魔力と神秘の渦が逆巻き、天地をことごとくゆがめた。
悍ましいほどの力は、炎の形をとって表れた。
国の9割5分の人間の魔力をすべて使い切るほどの魔力費やされたとされるその悍ましき「魔法」は首都に施された防御の悉くを貫き――首都をドロドロに溶解させた。
『無色の七色』と呼ばれる光学的にありえない色合いの炎の雨が降り注いで――そこにはなにもなくなった。
極高温で地面が熱せられたときにだけ起こるガラス化現象でその土地は一面ガラス張りの窪地になった。
現在、<ガラスの半月>と呼ばれるこの国随一の観光名所はそのようにできたのだ。
では、それがなぜ魔術と関連があるのか?
それはこの異常事態を引き起こしたのが『ある国』であり、この現象を起こしたのが『魔術の源流』であるからだ。
その国は悍ましき僭主を滅ぼした英雄として『世界最古』の勇者とでも言うべき存在であると現在は認知されている。
遠き過去にあり、そして、現在に続く魔術の源流を作る者達の文明。
スカラーの怒りに触れてこの世から消えてしまったもう一つの太古の力ある文明。
魔術よりも神秘にほど近き力を見つけ出すもの。人の身に扱いきれぬ神秘を扱う選ばれし者。地上の覇者……あるいはそう名乗る僭称者。そして、魔族の生みの親――
その名を『太古魔法文明』と言った。
顔面に迫る鉤爪を平手で逸らす。
唸る魔族の顔が近い。不潔な唾液が飛び散っている。不愉快な臭気に気を取られずに、彼は拳を強く握って相手の行動を制した。
彼の視界には今までよりもより精細なエネルギーの――そして、何よりも肉体が示す反応のパターンが見えた。
そのまま、肉体反応が凝集する点に向けて拳が走った。
水晶の蜘蛛がネズミに行った技と同じ技だが、威力と効果はケタ違いだ。
吸い込まれるように狙った位置になだれ込んだ拳は、確かな衝撃を、完全に狙った威力で、狙った位置に叩き込む。
倒れ伏す魔族を見ながら、テンプスは制圧した拳を眺めた。弱体化が解けていればこんなものだ――と言いたいところだが……
『……明らかに技の精度が上がってる……』
少なくとも、四日前の自分に同じことはできない。武器無しで魔族と渡り合うなどとてもできる事ではないのだ。
それができている、つまり……
『なんか体に起きたな……必要に迫られて何かの……普通使わない何かのパターンに体がなじんだ……違うな……たぶん――』
思考がある答えにたどり着く寸前、テンプスは体を翻した。
その一瞬後、衝撃波が彼の元居た座標を貫く。
背中に波動を感じながら、テンプスは視線を相手に向ける――そこには大口を開けた魔族。
何の種族かは分からないが――どうでもよかった。
そのまま、体重を乗せて駆け出す。
普段よりも早い動きに先ほどの自分の推論に確信を持ちながら相手に接近して拳を固め戦闘に移る――戦う必要性はないが、襲ってくるのならあらがうしかない。
彼にとって重要なのはこの魔族たちではない、その後ろに鎮座している装置だ。
より厳密にいえば――それは装置ではない。
それに科学的手法などない、あるのは神秘に向かって進む妄執と痛ましさすら感じる選民思想だけだ。
それは、現代の魔術師からすれば神秘の特異点だ。
三つの円形の台座とそれにつながるように鎮座する巨大な石碑。そして、それに刻まれた巨大な円陣――魔法円によって形どられる生物の悪夢だ。
テンプスもよもや現物を自分の人生で見ることになるなどとかけらも考えたことのなかった。
それは悍ましき僭主たちの恐ろしい悪夢の産物。
古の魔法の塊。
学園で彼の命を幾度も救った太古の魔法とは違う、人を救うことなどない掃きだめのごみ。
二つ以上の異なる存在を一つにまとめ上げ、その性質を混ぜ合わせた『何か』を作るためのガラクタ。
最初の魔族を生んだもの。
太古魔法文明とスカラー文明との戦争時に産み出されたそれを、スカラー文明はこう呼んでいた――
『
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