救い
『――すさまじい決戦でした!これまでで最も白熱し、最も凄惨な結果で終わった試合だったと言えるでしょう!視界、やはり 魔力のない欠陥品には荷が重かった!無残にも死に絶えた身の程知らずに――!』
深く吸った息と共に放たれた魔力の塊が伝声管を押しつぶした。
せっかく三日も賭けてためた魔力は今の一撃で随分目減りした――それでも、あの耳障りな騒音を止めないと気が変になりそうだった。
体ががくりと重くなり、呼吸が乱れて、鋭く吐き気を伴う頭痛が頭を鉄の塊でたたきつけるかのように脳を叩いた。遅れて血管に煮えた水銀を流されるような熱を持った苦痛が襲う。
ありえない程の苦痛を受けながら、それでもマギアはそれを気にする余裕はなかった。
それ以上に心苦しい物を先ほど砕いた伝声管から聞いていたからだ。
彼が守っていた後輩と戦ったことも、その戦況が接戦で、その体がひどく傷ついたことも。
その胸を――槍が貫いたことも。
まさか、自分がこれほどあの少年に入れ込んでいるなんて、マギア自身想像もしていなかった。
これほど悲しかったのは―――祖母が消えたと知った時以来だ。
あの時も魔女に怒っていたし――それ以上に悲しんでいた。
やはり間違いだったのだろうか?
自分のようなはるかかなた昔に終わった女が、今、必死に生きている人間と共にいるのは。
あの日、あの夕暮れの中でそれが間違いだと言ってくれた相手はすでにいなくなってしまった。
いなくなった原因は自分だ。疑いようもない。
疑いようもないから――耐えられないほどつらかった。
「――ヤッホー元気?」
暗い暗い石室、光も暖かさも届かぬ部屋の中央、鈍い音でうめく文様の中央でうつむいた少女の耳に朗らかで滑らかな声が届いた。
聞き御覚えがある――怒りが再度燃え上がって、一瞬後にしぼんだ。
まるで踊るように軽やかに部屋に侵入した声の主――童女にマギアは視線を向けない。
そんな余裕はなかった。
「あ、伝声管壊してるし。治すの大変なんだからさー壊さないでよねー」
「――でもしょうがないかぁ、愛しの何とか君、死んじゃったもんねぇ。」
そう言われた瞬間、彼女の中で抑えたはずの怒りが暴発した。
李湯っはいろいろあったが――何より単純に名前を憶えていない様子が許せなかった。
「――テンプスですよテンプス・グベルマーレ、名前一つ覚えられない程脳みそが小さいなら口開くなよ小娘。」
そう言って、練られて魔力をはたき起こして童女に殺到させる。
部屋の文様が反応し、彼女の体から力を奪うだろうが――かまわなかった。
今この場所でこの女が殺せればそれでいいのだ。
代行者がどうこう、魔女がどうこう……そんな些事はどうでもいい。
このままでは抜け出せなくなるということもどうでもよかった。
後のことなど後で考えればいい、今、目の前に女を生かしておくわけにはいかなかった。
この連中は自分から二度、二度!大事な物を奪ったのだ。
逃がすわけにはいかないし、ここで殺せるのなら自分が死体に戻ることぐらい些細な事だ。
けしかけた魔力が姿を変えて、閃光が瞬く――荷電粒子だ。
光にほど近い速度で進む砲弾が、狙いを過たずに目の前の女の心臓を溶解させて壁面に激突して――文様に吸い取られた。
『壊れないか……面倒な壁……』
心底煩わしそうにその壁を見つめて――次の瞬間、マギアの耳に、聞こえてほしくない声が響いた。
「――っち、いってぇなぁ、糞ばばぁ……」
そう言って立ち上がる女を見て、マギアは内心で舌打ちをした――高速再生。
「ふざけんなよ、くそ婆……ぶっ殺して――ああ、いや、勝手に死ぬか。」
そう言って腹の傷をまるで時間が巻き戻るかのように復元した童女はマギアを見つめる。
「一人でも殺すと能力と支配が不完全になるかもとかおばあちゃん言ってたけど――ま、自殺ならしょうがないよねーじゃ、ばいばい。あの……何とか君とあのよでなかよくねー」
そう言って彼女は部屋を出ようとして――背後からの光に振り返った。
それは突然で、それでいて劇的だった。
彼女の体を、謎の幕のようなものが覆っている。
まるで水に浮いた油のような不可解な色彩を持つその幕が――呪いを弾いている。
それは姿を隠したソリシッドアグロメリットの放った『対象の身を守るための機能』だった。
危険を察知した水晶の蜘蛛は彼自身の意志に従い、今まで完全な起動状態でなかった術を起動させたのだ。
ごく短い間、それも一度限り呪いを弾くその『外皮』は時計に仕込まれた『鎧』の100の1ほどの機能しか持たない。
ソリシッドアグロメリットは彼女が捕まった初日から、この幕を薄く展開していた。
部屋の呪いの強さから、完全に防ぐことはかなわなかったが――それでも、ある程度足しにはなっただろう。
奪われた魔力体力を考えれば、逃げ出すことはできないだろうが――それでも死の危機は去ったと言ってよかった。
役割を果たしたソリシットは体の機能が落ち込んでいるのに気がついた――休眠状態だ。再びオーラが稼働可能範囲までたまるまで彼は眠らなければならない。
倒れる水晶の蜘蛛にも気づかずに茫然とする二人の女のもとにある声が響いた。
『――あー……どこのどなたかは存じ上げないし、これを聞いてる上で僕のことを理解してるのかも知らない。知らないが――』
いないはずの人間の声だった。
『人の後輩に好き勝手するのは遠慮してもらおうか――うちの店子でね。』
「――先輩?」
それは、死んだはずのテンプス・グベルマーレの声だった。
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