致命の一撃
雷が落ちたと見まがうほどの轟音とともに駆け抜ける影に振り抜いた剣の軌跡が何もない空間を切り裂き、空中に鮮血が散った。
今度は足だ――がくりと足から力が抜ける。立っているのがつらい。
イオンのはじける音を聞きながら、テンプスはふたたび後ろに抜けていった男に向き直る。
『――大した隠し玉だな……風魔術とは……』
テンプスはすでに数度の衝突――いや、一方的な蹂躙か?――を経て、彼のやっている事に気がついていた。
これは雷の魔術だ。
稲妻の付与術。
光にもほど近き稲妻の速度を対象に与える呪文――なるほど、大した隠し玉だ。
稲妻の速度で行う体当たり。強引で原始的だが実際かなり厄介だ――見えない速度で動かれては対処できない。
『何のために隠してたんだか……』
それとも――単に言い出せなくなったのだろうか?友人たちとエリクシーズというチームになったことで、風も使えると。
彼らはそれぞれの属性のスペシャリストであることからこの名がつけられた。
フラルは火、アネモスは風、ネブラは水、そして――テッラは土。
そこに、まとめ役にして、すべてが並以上に使えるサンケイ。
それが彼らの――友人の形だった。
だから――言えなかったのだろうか、均衡を……いや、関係性を崩してしまう気がして。
『……まあ、わからんでもないか。』
苦笑する――まったく、大した隠し玉だ。
この世の大概の人間が求めてやまない力を持ちながら、気にしたのが友人との関係性とは……
『まあ、だから余計――』
見捨ててはいけないのだが。
テンプスは震え出した体を抑えながら、テッラの次の攻撃に備えた――そろそろ、血の量的にも限界が近い。
最初に受けた脇腹の傷、続けざまに放たれた二度の攻撃で片腕と片足をやられている。テンプスの周囲にはすでに相当量の鮮血が飛び散り、地面を赤く染めていた。
そうでなくとも限界だった、もう目がかすんで見えない。彼に与えられた常人ならざるパターンを読む力だけが彼にこの世を見せている。
がたがたになった刀身は刃物としての機能をほとんど維持していない。表面に傷こそ入っていないが振った感触で内部が損壊しているのが分かる。後三回も振れば折れるだろう。
こちらを睥睨する闘技場の主に視線を送る――彼の感覚が見せる世界では追い詰めているはずの彼は自分よりもずっと打ちのめされているように見えた。
「なんだよ、ひどい顔して。」
「……何で……」
まるで糸のように細まった目で、こちらを見つめていたテッラは絞り出すように口を開く。
「なんだよ――わかってるだろ?」
「……」
そう言ったテンプスに、テッラは口を開かない――開いたら、間違いなくいらぬことを聞くだろうと彼自身確信していた。
代わりに槍を構える。
それでいい。とばかりにテンプスが微笑んで、剣を構えた。
彼の技の欠点は理解できている。反撃は――できる。
どのみちこれが最後の攻撃になるだろう。
ほとんど切っ先を地面に刺しながら彼は脇に剣を構えた。
次の瞬間、轟音が響いた。
稲光がテンプスに襲い掛かる――彼は音が響くよりも前に体重を前に動かしていた。動かない腕に力を入れず、片手は柄頭のぎりぎりを握っている。
音が響くのと同時に剣を振る――単純だが、これが彼の大技の弱点だった。
この技、力と肉体反応のパターンを見る限り直線移動しかできない。
動体視力が追い付いていないのだ。
ゆえに途中で軌道の変更はできない。
狙った場所に矢のようにぶち込むしかない。
そして、この機動中テッラは槍を長く持てない。
抵抗が強すぎるのだ。高速で動くために、可能な限り槍を短く持つ必要がある。
彼が槍を伸ばすのは攻撃の瞬間だけだ。
だからこそ、この限界まで浅くした持ち手で、体重を前にかけて半歩分だけ前に体が傾いているこの状況ならばぎりぎりで相手の先手が取れる。
原始的で強引な技だからこそ、問題がある。
すでに、この攻撃の着弾タイミングはすでに三度の激突でつかんだ。あとは合わせるだけだ。
一発しか出来ない技だが――一度できれば十分だった。
術理によって導かれた剣裁が吸い込まれるように電光を切り――
バキン!
――金属音が鳴った。
何かの金属が壊れる音、硬質な物が折れるときの音――剣が、折れた。
テンプスの計算ではあと一合どうあっても持つはずだった彼の剣が、中ほどからべっきりと折れている――折られている。
テンプスの視界には明確に何が起きたのかが映し出されている。
魔力――風の魔術、風圧の凝集塊だ。
それが、ただの一撃でダメージを負った刀身をへし折った。
打ち出された方向は斜め上――先ほど見上げた貴賓席。
魔女の攻撃だった。
ひびの入った部分を完璧にへし折られている――これでは、刀身はテッラに届かない。
剣の破片が空中を彩る中、テンプスの胸に衝撃が走る。
穂先が胸を貫いていた。
血が抜ける。
体に力が入らない。
奥歯を強くかみしめて、血と唾液を飲み込む。
鉄と吐き気を催すような味が広がる――死の味とはこういうものかも知れない、とテンプスは思った。
「――これで、いいんだな?」
そう問いかけるような声を聴きながら、内心で笑ってテンプスは地面に倒れ伏した。
後に残ったのは観客の歓声とあふれ出す血と――吐くのをこらえるような顔をした勝者だけだった。
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