攻防

 ――まるで雪崩のように十字の刃が上から降って来る。


 遠心力の乗った一撃、疲弊した武器と肉体でこれを受けきるのは不可能だ。


 どっかの国では槍は叩くものだと習うらしいが、まったくその通りだった。


 考えるよりも早く、テンプスの体が動く。


 二歩分の距離を足に込められる力のすべてを捧げて、一歩で埋める。


 最も力の乗る穂先から逃れながら、振り下ろされる槍の柄にテンプスの剣が添えられるように触れた。


 そのまま、左肩に張り付けるようになるだけ緩やかに角度をつけた剣を遣って穂先をずらす。


 そのまま体を回転させる。脇腹に向けて右手を柄頭ギリギリに握った剣を突き出す。


 並の人間なら必殺の一撃――だが、相手はこの闘技場で最も腕の立つ相手だった。


 手の向きを変え、後手に握った槍の柄をかすかに動かす――それだけで、剣の軌道がずれる。


 テンプスが使った技と同じだ、力を入れずとも保持ができていれば相手の攻撃の軌道をずらすことができる。


 体が開き、体勢が泳ぐ。


 即座に真後ろに向かって体が跳ねる――間に合う気はしないが距離が開かなければどうにもならない。


 そんな彼に向かって、まるで獲物を狙う蛇のように鈍く輝く十字槍の一撃が首元に迫る。


 地面に足がつくのと同時にテンプスの腕が蠢動し、足元を切り払った――足元から彼に迫っていた土の槍がオーラに弾かれて周囲に飛び散る。


 そのまま、膝から力を抜いた――膝が、疲れと重力に従って崩れる。


 速やかに地面に引かれた頭の真上を槍が突き抜ける――あと一歩遅ければ今ごろ頭部はザクロだ。


 両足に力を戻し、両手で攻撃を放つ、長身の美丈夫の足元に片手半剣の刃が走る。


 その一撃は、下に向かって動くごく小形の砂の盾にたやすく防がれる。


 後手が弓のように引かれた腕から勢いよく刃を横にした槍が放たれる。


 頸に横の刃を差し込み、首の血管を切断する。


 十字槍にしかできないその攻撃法を、テンプスは腰から引き抜いた鞘でかろうじで防いだ。


 勢いよく体が後ろに向かって吹き飛ぶ――肺が破裂しそうだった。


 かろうじで怪我らしい怪我はしていないが――それでも限界は近い。


 関節という関節が悲鳴を上げていたし、筋肉と筋肉が引きちぎれて熱を持っている動くのが億劫だった。


 視界も思考もうまく回らない、呼吸がガタガタでまともに動けない。


 どうにも分が悪い。


 深く息を吸う――息が続かない。


「――こんなもんか?大口のわりにそれほどたいしたこともないな。」


「言ってくれるな……こっちは結構……必死にやってるんだが……。」


「あんたはもう少し強いと思ってたよ。」


 その言葉にまなじりを上げる――どうにも、彼はこちらを過大評価している節があるな、と思っていた。


「そうでも、ないさ……学園で語られてる通りの男だよ。」


「……そうか?俺はそうは思ってない――ちょっとやる気が出ることを教えてやろう。」


 そう言って、彼は無感動に――あるいはその感情の仮面をかぶったまま――テンプスに向けて告げる。


「――――もし俺が生きてこの舞台を降りたら、はあんたの死体の前でマギアを犬に食わせる気だぞ。」


 ――瞬間、テンプスの体がこれまでから想像もできない程加速し、彼の視界から消えた。


 その攻撃にテッラの体の動きが間に合ったのは、ほとんど勘と弱化の魔術のおかげだった。


 大きく後ろに跳ぶ、一瞬後、斬線が足元に走った。


「――そうか。」


 底冷えする声が響いた。


「――今までのあの女の行動の流れから考えたら、たぶん嘘だとは思う……思うが……もし本当だとまずいからな――」


 槍を構える――最速で動き出して、それでも間に合わないかもしれないと感覚が叫んでいた。


「――ちょっと、動けなくなってもらうか。」


 その言葉が耳に届くのと首元を銀閃が横薙ぎに駆け抜けるのはほとんど同時だった。




「――何、アイツ。」


 童女は目の前の光景を眺めながら茫然と声を漏らす。


 彼女の目の前ではテンプスが自分達の『秘密兵器』を追い詰めているひ弱な子供がいる。


 マギアを追い詰める道具としてこの舞台に引き込んだあの小生意気なガキ。


 どこか余裕のある態度に違和感こそ感じていたがここまでの戦闘能力があるなど想定していない。


『……まさか、ほかの連中が裏切った?私みたいにのか……?』


 一瞬脳裏に浮かんだ言葉を、彼女の記憶と知識が即座に否定する。


 あのクソガキは魔力不適合者だ。


 アイツにまともな強化の魔術など使えない、強くしすぎれば即座に体が壊れる。


 肉体構造的弱者。


 それがあの餓鬼――のはずなのだ。


『じゃあ……なんだってのよ。』


 あの男にかけた弱化の魔術は明らかに常人の致死量を超えている、アイツの体質を考えると、10人は殺せる強さだ。


 バフこそかけていないがあの男の『資質』は並外れている、そのために費用をかけてまで囲っているのだ――だというのに、一体なにがおきているのか?


 わからない。


 祖母と共に数百年の時を生きて来た童女は、おそらく生まれて初めて理解できない生き物に出会って困惑した。


『殺しとかないとまずいか……?』





 他方、テンプスも自分に驚いていた――こんなに素早く動けると思っていなかったのだ。


 もはや体はがたがただし、さっきから悲鳴を上げている肺はいつ脱落してもおかしくなかった。


 足には震えが来ていたし、鞘を持っている手は明らかに震えて、握力もない。


 だというのに、彼の体は彼自身の予想をはるかに超えるパフォーマンスで動き続けている。


 その理由は分からない、わからないが――まあ、いい。使い勝手がいいのならそれでいいのだ。


 正面から横薙ぎに襲い来る石突をすでにがたがたになった刀身が抑え込む。


 即座に力のかかり方が変わり、前手を後手が入れ替わり、十字槍の横刃が彼に襲い掛か――


「!」


 ――それよりも早く、テンプスの体が動く。


 力が動くのとほとんど同時に片手を離しながらテンプスの体が動く。


 拳が、強かに顎骨を打ち据える。


 肩から両者の体がぶつかり、あえぐようにテンプスの口が動く。


 耳元に息を感じたテッラの顔が驚きに染まった。


 抑えられた槍を開放するためか、テッラの体が大きく横に飛びずさった。


 テンプスが大きく肩で息をする――限界が近いのは変わらないのだ。


 そんな彼を見つめながら、テッラは苦々し気に口を開いた。


「――やっぱり、強いじゃないか。」


「――君が弱くなったんじゃないか?」


 荒く、深い喘鳴を繰り返しながらテンプスが答える。


「……そうだな、それであってるよ。」


 そう言いながらテッラが槍を構える――攻守が変わった合図だった。

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