テッラとテンプス
『――さぁ!いよいよ、開始のゴングが鳴ります!二人の間にある異様なほどの緊張と肌が泡立つような敵意!これが激突した時、間違いなくどちらかが倒れ、血を流すことでしょう!これまでの試合に不満の皆さまにもきっとご満足いただけるでしょう!』
「ずいぶんと苦労してんな……」
実況の一言に苦笑しながらテンプスは体の重さを確認していた。
やはり、動きがあまりにも遅い。
普段から考えると……四割弱だ、それなりの備えをしていたというのにこれだ、生身で受けてしまえば間違いなく衰弱死してしまっただろう。
「……」
そんな彼の内心を知ってか知らずか、テッラはどこか重々しい調子で彼に向けて鋭い視線を放つ。その様子はまるで視線で彼を刺し殺そうとしているようにも見える。
「なんだよ、怖いな。」
「――何で来たんだ?」
それは彼の本心からの疑問だった。
「何でとは?」
「わかってるだろう、あんたは――」
「君に勝てない?」
「――そうだ。あの夜に分かったはずだ。」
そう言ってこちらを見る目には痛みが見える。そうだろう、彼からすればとてもではないが、もう一度やりたくはあるまい。
「あの夜は不意打ちだった、真っ向からやればわからんぜ。」
「だが、今のあんたは魔術の影響で弱ってる――あの夜よりも部は悪いだろう。」
「確かにな、ただ諦めるわけにはいかん事も……世の中あるもんさ。」
そう言って苦笑する――まあ実際、この男に勝つのはほとんど不可能だ。
体はがたがた、装備はボロボロ、ついでに言うのなら、自分にこいつは殺せない。
ここまで悪条件が重なることもあるまい。
「――マギアか。」
そう言って、どこか納得したように
彼にもわかるのだろう――あの仮面の誰かために戦っているから。
ただ、彼の考えているそれは、たぶん彼の物とはほんの少しだけ違う。
それに気づかないまま、テッラは重々しく口を開いた。
「――もし、もしだ、俺がマギアを助けてやると言えば――」
「断る。」
「――なぜ。」
「それだと君を置いて行かなきゃならん。」
その一言に表情が変わった。
驚いたように目を見開き、口が開いた。明らかにテッラの表情が固まる。
そなセリフが飛び出すと思っていなかったとばかりの表情に苦笑する――まったく、自分の人生は苦笑ばかりだ。
「逆に聞くけど、君のことも助けてやるから言うこと聞いてくれって言ったら聞いてくれるか?」
「――そう言うセリフは、俺に勝ってから言え。」
言いながら、彼は緩やかに槍を構えた。両端に刃がついたその槍は十字層と呼ばれるタイプの槍であり、彼の技からして彼の本気の際に使われる武装なのだろう。
穂先に鈍い色が宿る、体の中に魔力のうねり。気勢の高まりを感じる――いよいよやるしかないらしい。
剣の柄に手をかける――まったく大した週明けだ。
腰を深く落とす――父とはいささか違う技ではあるが、今はこちらの方がいいだろう。
一瞬、静寂が空間を支配した。
――誰も目を離さなかった。それは断言できる。
それでも、次にテッラの姿を観客がとらえたのはその槍の穂先がテンプスのすぐ脇を突き抜けた時だ。
ギィン!
と甲高い金属音が映像に比べて遅れて聞えた。
これが彼の必殺の一撃だ。
あらゆる敵をことごとく一撃の下に沈めて来たその技は、この施設を利用する人間たちには『雷鳴の突き』などと呼ばれている。
稲妻のような速度で突き進む、防ぐことはかなわない一撃だと信じられてきた――今日までは。
「――!」
テッラが驚愕に目を見開く――その表情は明確に目の前の状況を理解できていない様子だった。
「――んじゃあ……頑張って勝つさ。」
そう返したと同時に、受け止めた槍の穂先を払う――戦いの始まりだった。
早抜きという技法がある。
現代の人間が思い浮かべる、拳銃の早打ち――ではない。
その原型になった技術だ。
相手が先んじて武器を振るい、そのまま打ちかかってきた時、応じるように剣を振るって抜きざまにその手首を叩いて落とす――そういう技だ。
テッラに対してテンプスが放ったのはそう言う技だった。
弟の友人としてテッラを見ていたからできた。
『あの男がこの体の動きをするときは確実にこの一撃を放つ』そう理解しているからこその一撃だった。
これもパターンを読む力の一環であり。同時に、言ってしまえば手の内を知っている身内だからこそ、出来る技だった。
――そして、この戦闘はすべてがそう言った流れで構成されていると言ってよかった。
喉元に向かって伸びて来た槍を肩から上だけを動かしてかわす――絶え間なく移り変わるパターンを映す瞳に次の動きが残像のように映る。
即座に膝が跳ねあがり、膝から下を薙ぎ払う動きから体を逃す。
一拍遅れて足元を走り抜ける槍に対して彼の足が振り下ろされる――先日やった、槍を踏み込んでの攻撃はなまった体とテッラの動きの素早さに阻まれた。
それを気にせず、足を踏み込んで右目にむかって放たれるのは槍のような突きだ。
その一撃を膝を折ってさらりとかわしたテッラが、地面に手を着いた――まずい。
とっさに、腰の鞘に手をやる――彼の腕が動き、腰から鞘を抜き放つのと、周囲の地面が隆起し槍のように襲い掛かってきたのはほどんど同時だった。
テンプスの腕が躍るように動く――彼の思考が加速し、彼の視界に映るパターンの中で、自分には約辿りつく物を選定しながら切り払う。
踊るように量の手に握られたオーラの塊が魔術を切り払う――その数二十四。
周囲に飛び散った砂が砂埃を上げる――唐突に始まった戦いは速度を上げている――
『まずい……体力が持たん。』
――テンプスの体を置き去りにして。
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