童女の正体
「――だからねー明日はさ、もっとデバフ大目にしようかと思って。」
「……」
暗い部屋の中で二人の少女が明かりもつけずに対面していた。
片方は楽し気に、もう片方は忌々し気に。
どこまでも対照的な二人の少女は、お互いのことを心底嫌っているように、傍からは見えた。
「ねー聞いてんのー?無視すんな――よっ!」
勢いよく蹴られた石が背後の壁にぶつかてバラバラに砕ける。
それで魔術円の一部でも削れないものかと一瞬期待したものの――どうにも、そこまでうまくいくものでもないらしい。
体にかかる重圧が変わらないことを確認しながら、椅子の上の少女――マギアは胡乱な視線を相手に向けた。
「無視はしてませんよ、貴方達じゃあるまいし、話の内容があまりにも……くだらなかったので、何を言ったものか考えていただけです。」
「――えー……酷ーい!せっかく、貴方の愛しの先輩が、どんなみじめな格好になってるか教えてあげてるのに―!」
などと言いながら、楽し気な少女――テンプスを此処に導いた童女はケタケタと嗜虐的に笑う。
その顔に他者への思いやりなどみじんも感じられない。
ただただ、マギアが傷つくのを期待している。そんな顔だ。
「あー見せたかったなぁ……今日の最終戦なんて、まるで陸に打ち上げられた魚みたいで間抜けな顔!槍で肩を貫かれたときもそう。血をだらだら垂らして――」
「――そして、その傷を負っても勝ちおおせたわけですか、さすがにやりますねあの人。」
童女の表情が凍った――反論ができないのだ。
「伝声管をふさいで何をガチャガチャ騒いでるのかと思えば……悪い部分だけを切り抜いて語る程度のことならだれでもできますよ、どうせ全勝されたんでしょう?お前ら如きに用意できる人材に負ける人じゃありませんよ。」
「――っちかわいげのない……無駄に利口な女。」
「教えた人と環境が良かったんですよ。あなたと違って。」
苦々し気につぶやく童女に、マギアが鋭く返す――今日は母も妹もいない。何かをされても対処できる自負が、彼女を後押ししていた。
「っていうか、どうなってんの?この部屋で一食も出してないのに、何で生きてんのよ。あんたら二人とも人間じゃなくて化け物じゃない?」
それはマギアにも疑問だった。
一体いかなる理由かは不明だったが自分の体はこの三日、一切の食事もなく生き延びている。
体に不調はある、体を襲う吸収の魔術は体を苛んでもいる――が、同時に、それだけだ。
体に傷はついていないし、ついでに言えば飢えからくる幻覚もなく、自分の肉を食うようなこともしていない。
「せっかく、あんたが自分の肉食うとこでも見れるかと思ってきたのにさー……台無しじゃん。」
「あいにく文明人な物で調理された物しか食べないんですよ。あなたはどこかの未開地でそう言う食生活でもされてたんですか?汚物みたいな体臭がしますよ。」
童女のこめかみがひくひくと揺れた。血管が明らかに膨らんでいる、苛立ちを感じると人がこうなるとテンプスから聞き及んでいる。
「お前……あんま調子乗るなよ、ガキが。」
「貴方に言われたくないですよ、私より何百歳か若い分際で、ずいぶんと調子乗って……お里が知れますよ。」
「――!?」
怒りに震えていた童女の表情が驚愕に固まる。
驚いているのだろう、自分の――正体が知られていることに。
「なんです?気づかれてないとでも?はっ!ずいぶんと調子のいい頭してますね、まったく……」
ヒントはあった。
この魔術円は明らかに自分たちの時代――1200年前の物だ、それは間違いない。
あの館で使われた術と同じものである以上、それは明白だ。
その上で、この女は魔女ではない。
あの女たちだとするのなら、もう少しいかれた魔力を感じなければおかしい。
だが、同時に明らかにこの時代の人間だと思えない。身に宿した魔力がそう告げていた。
魔女と接点があり、同時に魔女でない。
それでいて、魔女の気配を感じる女――
「――まさか、子供が作れる女がいるとは思いませんでしたよ。」
それらすべてを満たすのはただ一つ――単純な推論だった。
「――っち、思ったより早く気付いたな。」
「あれだけヒント出しといてばれないはずないでしょう?」
忌々し気な表情の童女に口角を上げたマギアが告げる。その表情が彼女の推論が正しいことを示していた。
「気配の薄さ的に――孫ですかね。あの女どもに子供を育てるような脳があったとは驚きですね。」
「――お前……」
マギアのセリフが何かしら逆鱗に触れたらしい、顔に再びともった怒りの火をマギアはあざ笑うように告げる。
「どうします?殴りますか?おばあちゃんの言いつけを破って?」
「――!」
「ここまで気づかれたのに、このことがばれてないとでも?」
心底呆れたようにマギアは声を上げた。
自分がとらわれている理由を考えれば、これもまた単純な推理だった。
「――私を何かしら術に使うつもりでしょう?それも五体満足で。だからこそ、貴方達は私に手出しできない。」
それは推論だったが、おそらく真実だろうとマギアの直感が伝えていた。魔術師としての卓越した技量がその直感を支えている。
「違いますか?」
「っち、ま、いいけど……分かったところで、どうしようもないんだし。」
「……」
それもまた事実だった。マギアの家族がこの女たちのもとにいる以上、彼女はこの部屋から出られない。
「それに――そんな態度取れるのも明日までだしね。」
「……どういうことです?」
意味ありげに笑う童女に、マギアは顔を顰めた――その顔に宿っているのは明確な余裕だ。
「教えたげなーい、せいぜい苦しんで死ねよ年増。」
「はっ、ぬかせよクソガキ――うちの母の時みたいに台無しにならないといいですけどね。」
などと言いながら酷薄な笑顔を向けている童女に、マギアは虚勢を張った――それが、彼女にできる最大の抵抗だった。
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