99戦目

「――息が切れているな、小僧。」


 鎧姿の男が厳かに語る。


 先日戦った男とは異なり、完全な金属鎧を身に着けた男は態度、言葉の調子、いずれも余裕に満ちている。


 それは当然だろう、彼には明らかに余裕があるのだ。


 99戦目――三日目の最終戦に置いて、テンプスが戦うこの男は、明らかにこれまでの敵とは毛色が違う敵だった。


 その体は明らかにどこかの鍛冶師の手によって鍛えられた鋼鉄製の鎧に身を包んでおり、その手に握られた剣も明らかにこれまで戦ったどの相手よりも鋭い。


 明らかにこれまでの相手に比べて拡充された装備、それも、この鎧をテンプスは見たことがあるのだ。


 そう、これは――


『騎士か……』


 そう、騎士の鎧だ――それも、法執行をつかさどる連中の鎧。


 動きにしてもそうだ、この国の正当な剣術を収めている。足の運び、重心の移動、剣の構え方……明らかな訓練の痕跡。


 。間違いない。


 国に仕えるべきこの男がどうして国の法律に全力で背くこの闘技場に出ているのかはわからない、わからないが――


『厄介だな。』


 時たま飛んでくる呪いの一撃をはこぼれの目立つ剣――物質として存在している以上、これは避けられない損耗だった――で切り払いながら、彼は打開策を探っていた。


 三日間の連戦で、彼の装備は損耗していた。


 剣はなまくらになり、コインも枚数が減った。可能な限り回収はしたが、図形が削れたせいでただの硬貨になった物が少なくない。


 体にかかっている弱化の魔術も先日の比ではない。体は重く、息は続かない。


 先日受けた傷も完全に癒えていない、薬は使えない、あの監視の目にあふれた牢獄で、手に持っている物以外を使うわけにはいかなかった。


 ついでに言えばどうやら舞台に何やら仕掛けをされたらしい。平衡感覚が狂っている――明らかに劣勢だ。


 転じて、相手は運営側からの補助があるらしい。足はじっとりとねばつくように地面に吸い付き、手に握る剣には明らかに通常ではありえぬ魔力の運動が見える。


 先日の鉄像も厄介だったが、こいつも相応に質が悪い。


 とはいえ、あきらめる理由はない――この試合が今日の最終試合で、ついでに言えば、明日の『メインイベント』を終えれば、彼女を返すというのだ、気合を入れない理由はない。


 ゆっくりと、彼は『天蓋』の構えを取った。


 それにこたえるように、相手も同じ構えを取る。


 まっとうにやりあって勝つのは不可能だ。


 此処に至るまでの98戦の疲労。


 弱化の魔術による極度の衰弱。


 床に仕込まれた魔術による感覚の狂い。


 右肩の呻くような痛み。


 これらすべてが、彼の限界を伝えていた。早く決めなければ動けなくなる。


 ざり……と踏み込んだ砂が音を立てた。


「――――うっぉぉおおおおお!」


 絶叫。


 鎧姿の相手が絶叫と共に疾駆する。


 足が重い、応じるように駆け出すことはできない。


 足にあるだけの力を籠める。


 ガギィン!


 金属音が響く。


 テンプスの手に握るバスタードソードがひときわ強く震える。衝撃が腕全体に伝播した。


 背筋と足の力で体を支える。


『――このまま力で押し切る!』


 騎士が力を籠める。


 彼には勝算があった。そうだろう、彼には重量があり力に満ちていた。押し切れない理由などない。


 それはテンプスもわかっていた――だから、小手先の技で答えた。


 手首を返して刀身を滑らせ、切っ先で――相手の手首を切る。


 鎧の籠手というものの多くは、内側の部分を皮、甲を金属で覆うものが主流であった。


 完全に手指を覆ってしまうタイプのものも存在していたが、 柄に指を固定してしまう反面、急速に疲労するとして嫌われていた。


 だから、この一撃を防げない。


「ッグ、う、お、が、ぁあぁぁぁ……ッ!?」


 手首を抑える――剣が手から滑り落ちた。


 先だっての鉄像相手ではできない技、名は――何だったか。


 首をひねりながら、テンプスは手の内でぐるりと剣を回転させて逆手に持ち替える。


 殺してもいいなら柄でひたすら殴るという選択肢もあったが――まあ、これでいいだろう。


 こちらを睨む視線をさらりと受け流し、弓のように引かれた腕から眉間のど真ん中に柄頭が刺さった。






『――驚異の快進撃です!『魔力なし』のテンプス、とうとう記念すべき百戦目!!明日の第一試合に選ばれた記念すべきこの試合の相手は『土石の覇者』!この闘技場一の戦士との決戦!彼が行くのは天国と地獄、どちらなので――』


「ぁー……」


 廊下に響き渡る煩わしい雑音に顔を顰めながら、跪いて荒い息を吐くテンプスは低いうめき声をあげた。


 体が限界だった。全身が鉛のように重く、ひどく熱を持っている。


 舞台の上であそこまで何の影響もないようにふるまえていたこと自体、半分奇跡みたいなものだ。


 膝が自然に崩れ、壁によりかからないと倒れかねなかった。


 ソリシッドから彼女の家族を発見した報告を受けてからすでに十時間――まだ、あの二人を助け出せてはいない。


 ソリシッドだけであの二人を助けたとしても再びつかまりかねないのだ、あれにも多少の戦闘機能はあるが、魔女や魔女もどきの童女と戦うことはできない。


『準備がいるが――間に合わんかもしれんな……』


 そうなると――使いたくない手を使うしかない可能性がある。


 多分に運が絡む上に、ばれない保証もない手だが今日中にめどが立たないのなら、致し方あるまい。


『まぁ、なんにせよ……』


 とりあえず自室に戻るしかない――明日は『あいつ』との戦いだ。


 この体調で弟と同格の相手とどこまでやれるかは疑問だが――やれるだけやるしかない。


「あー……しんどい……」


 よろよろと立ち上がる――ソリシッドが、『あいつ』に対する『原因』を探り当ててくれることを信じるしかなかった。

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