二日目

 ――断言してもいい。狙ってやった動きではなかった。


 全身を堅固に鎧で覆った人型の化け物によって繰り出された槍を半身になって躱す。


 即座に体を立て直し、手に持ったバスタードソードを『鉄扉』に構える。


 そして眼前の一体から迫り来る剣を撃ち払うように、弧を描いて切り上げる。


 その自然な流れは間違いなく、十年続けて来た祖父とテンプスが積み上げて来た日頃の修練の賜物だった。


『扇の羽』が地を舐めるように走り抜けて、その体を開いた。


 手首と腕に走る硬質な感覚をオーラの力でもって強引に振り払って、天頂に向けて駆け抜けた刃は何の防備も無かった股座から常人ならば柔らかな下腹を断ち切ると、胸骨に相当する部分を叩き砕きながら頭部を引き抜いた。


 底から天に向かって吹き上げるのは『青い液体』だ。


 呪縛生物を作る際に魔術師が良く使うその液体は古の昔から現代まで細々と引き継がれてきた秘蹟だ。


 器物にそれを流し込めば、まるで生物のように動き、自分の言うことをよく聞くようになるとされるその液体を、彼らは『マグラナ』と呼んで重宝している。


 全身が鉄でできた化け物――俗に『生きる像』と呼ばれる新しいタイプのガーゴイルが勢いよく地面に倒れ伏すのとテンプスの肩に焼けるような痛みが襲ってくるのはほとんど同時だった。


 あの手の呪縛生物は痛みによろめかない、テンプスに体を断ち切られながらあの化け物は彼の体に手傷を残したのだ。


 全身が鉄でできているというのに、ずいぶんと機敏に動くものだ……作った奴の腕がいいのか、あるいは操り手の腕がいいのか……


『たぶん、前者だろうな……』


 考えながら確かめる。


 傷は――浅い。


 腱も筋も痛めていない。骨も砕けてない。肩は動く。問題は――


『血で滑る……』


 手に持った剣がすっぽ抜けてしまいそうなことだった。


 真後ろの気配に気を配りながら、テンプスは剣を持つ手を入れ替えた。


 その手にかすかな思考との速度の乖離を見て顔を顰める――高々、27戦で息が上がるとは。


『思ったよりデバフが効いている。服だけが完全に打ち消せてない。』


 思わず舌打ちした。服に織り込まれたパターンがなければこれよりもつらい戦いだったというのだからまったく自分の体質には頭が下がる。


 目の前の鉄像が武器を構えなおす――これで遺産で突っ込んできてくれるのなら、ずいぶん楽だったのだが……


「――なにをしている!とっととその屑を殺せ!報酬がかかってるんだぞ!」


 鉄像の後ろから声が響いた。


 その声の主こそが今回の対戦相手だ。


 土属性の魔術師であるこの男は、自身の最高傑作だと豪語しながらこの鉄像たちを会場に展開させた。


 実際、かなりの強敵だった。


 人体ならば決して頑健ではない部分すら、鉄の硬度をしているのだ、切り裂くのにはコツが必要だった――できないとは言わないが。


「――行け!」


 魔術師の号令に鉄像が動く。


 槍を持った盾持ちが先行、後ろから大柄な剣を持った個体が襲い掛からんと体に力を込め――


「――!」


 その体ががくんと止まった。


 血で滑らせ、親指の力で撃ち出した『拘束のコイン』はその汚れの中であっても滞りなく力を発揮した。


 鉄像の動きが止まる。


 その動きに合わせるように動いていた盾持ちの方も止まってくれればよかったのだが……そこまでは少しばかり過剰な期待だったらしい。


 盾を持ちながら、テンプスに向けて勇ましく襲い掛かって来る鉄像にテンプスは斬撃を放つ。


 甲高い金属音が連続して響いた。


 盾と剣によって紡がれる戯曲はテンプスにとって不利を告げる曲だ。


 彼の体は普段よりも明確に弱っていたし、そうでなくとも、盾を持った相手と戦うのはなかなかに難事だ。


 サンケイの時にも考えたことだが、体の半分を覆える盾は一対一の決闘ではあまりにも攻撃を行いにくい。


 ――いいか、テンプス――


 過去の残響が耳に響く。


 父に教わった技の動きが脳裏に浮かぶ――覚えた時は、使う機会が来るとは思っていなかったものだが。


 テンプスは剣を立てるように構える。


『天蓋』の構え。


 あらゆる基本の構えの中でも基礎になる技術から、彼は盾を攻略しようと動き出した。


 攻撃が止まった一瞬のすきに、まるで血を這う蛇のように槍がうごめき、テンプスに向かって放たれる。


 その動きに合わせるように、真上から切り伏せるように槍を切り払う、地面に向かって落下する槍を鉄像が再び手元に戻そうと腕を――


「――!」


 戻せない、槍をテンプスの足が踏みつけていた。


 左手で持った盾でテンプスを強打しようと力を籠めるのと、テンプスが間合いを埋めるのは同時だった。


 盾を回り込むように腕が盾を包む。


 盾の裏に回った腕に握られた剣が兜の下に剣が這わされて――振りぬいた。


 再び、首筋から青い血が流れる。


 盾を回りこみ、裏刃にて兜下、盆の窪を掻き切る。


『回転切り』――と呼ばれるらしいこの技を、テンプスは父から習い受けた。


『騎士の学園に行くのなら覚えておいて損はしない。』


 と、教えられた技は今、彼の命を救った。


 深く息を吸う。


 鉄像が倒れるの音を後ろに聞きながら、テンプスは停止した鉄像の脇を駆け抜けた。


「――ひゅ!」


 魔術師に、悲鳴を上げる時間はなかった。





「――はぁ!ぁぁ……くそ……あと6戦か……」


 疲れ切って壁に手をついて、荒い息を吐く。


 体が重い。弱化の魔術が体を蝕んでいた。


 ただ止まるわけにはいかない、彼女のためにも、彼のためにもだ。


『……ソリシッドの方は……うまくやってそうだな……』


 脳裏に無数に湧いて出てくる『知るはずのない情報』に目を通しながら、テンプスは内心で笑った。計画はある程度うまくいっている――あとは自分ができる限り時間を稼ぐだけだ。


 深く息を吸う――もうひと踏ん張りだ。

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