ある転生者の歓喜
「――やっぱりおかしい。」
昼のうららかな――というにはいささか熱を帯びつつある太陽の下で、流れるような黒髪の少年、サンケイ・グベルマーレはおもむろに口を開いた。
「何がだ……と言うまでもないな。」
「そうだね――テッラとテンプスが学校に来てない。」
「マギアもね。でも、何かしらの理由で偶然休みが重なっただけじゃないの?」
それは異常事態と言ってよかった。
テッラは言うまでもなく、皆勤賞の優等生だった、嵐の中ですら登校したという逸話すらあるほどの猛者だ。
品行方正を絵でかいたようなあの男が、三日も無断で登校しないなどというのは天地の法則が乱れるような――まあ、それは言い過ぎではあったが――大ごとだった。
マギアも、最近猫がはがれてきているとはいえ、優等生で通した女だ、教員にそこを突かれるのが嫌で一度も遅刻していない彼女がいないというのも、また違和感がある。
そして、何よりもおかしいのはテンプスだ。
実技で点を取れない以上、彼はどうあっても学園を休めない、
休むわけにはいかない。
この学園に彼がいる最大の理由は、死刑執行人――首切り役人としての資格を得るためである。
この学園を卒業していなくとも、試験そのものを受けることは可能らしいが、その難易度は学園を卒業した人間の数倍にも上がる。
学園卒業生ならば二日で終わる試験が、五日に延長され、その期間試験会場にほぼ軟禁されながら行われる試験はほとんど突破した人間がいないことで同業者内では有名だった。
中には試験を受けたせいで精神に影響を受けて自死したものもいる。と言う噂をサンケイ聞いたことがある。
だから、死刑執行人は子供を学園に入れる。たとえ、彼らにとってそれがどれだけ苦難の道であっても死にはしないだろうという前提で。
そして、その中でも、決して優秀とは言えない成績のテンプスにとって無断での休みは非常にまずい方向に働く行為だ。
「何か聞いてないの?」
風に髪をなびかせて、アネモスがサンケイに問う。
「まったく……ただ、変だと思うことはあるよ。」
「なに?」
「おばさんが――
それはあり得ないことだ。
元国際法院執行官の彼女は法を厳守することを家族に求める、そのせいで兄――サンケイ達の祖父――と仲が悪くなったという話すらあるほどだ。
「そんなにおかしいの?」
「前、無断で一日休んだって連絡が行ったときは家に怒鳴り込んで兄さんの家のドアぶっ壊してたよ。」
「……剛毅な方ね。」
「「討ち入りの気分で行ったよ!」って笑ってたけどね……ま、それはいいんだけど。そのときの反応からして三日も休んでるのに兄さんのところに突撃した様子もないんだ、あきらかに変だよ。」
それに――とさらにサンケイは心配な事でもあるように続ける。
「――叔祖母様の態度が……変だったんだよね。」
「変?なにが?」
「なんていうか……心配そうっていうのかな。」
「――アネモス、これは明らかに異常ではないか?此処まで来ると何かあったと考える方が妥当だぞ。」
「……そうね、何か違和感があるのは認めるわ。テッラが同時に来てないというのも気にかかるし。」
「調べるか?」
「そうしましょう――あなたは授業に出なさい愚姉、次にテンプス先輩に泣きついたらお母さまに報告して訓練場を閉鎖するわよ。」
「むっ?いや、いやいや、待て妹よ、それは――ちがうんじゃないか!?」
慌てたように妹を追いかけるまるで幼子のような姉を見ながら、サンケイはひっそりと笑った。
『――よっし、これであの闘技場に行けるぞ……!』
昼休みを終えて、廊下を一人で闊歩するサンケイは内心で計画の成功を喜んでほくそ笑んでいた。
彼は何も本当にテンプスを心配しているわけではない。
彼の中でいまだにあの不才――その称号に疑問があるとは思っていたが――の兄は自分の引き立て役でしかないのだ。
ではなぜ、彼がテンプスを探すように声をかけたのか?
それはひどく単純な話だ。
『――これで、テッラのイベントラインに乗れてる……はず。』
そう、これは、根本的な部分で言えば単なる「シナリオ消化」に他ならない。
このシーンはアニメでは一期のラストに描かれるストーリーであり、それまで主人公の最大の味方だったテッラの裏切りから始まる連作のストーリーだった。
彼は主人公の家を襲撃し、彼を襲う。
そしてマギアをさらっていくのだ。
主人公との友情を裏切り、彼は何を思うのか――という部分に焦点の当たったシナリオ評価は高く。かつ、主人公の特殊能力である「任意加速」が初めてその力を発揮しての戦闘は極めて見ごたえのある神回として、前世では有名だった。
五周年を記念して行われた人気回の再放送企画では五本の指に入るほどの傑作。
そして、主人公とマギアの関係を決定づける話であり、同時に主人公がいまだかつてない危機に見舞われる回だ。
数多の罠をこれまで学んだ術と技で乗り越えて、主人公はかろうじで生還する。
彼の体に流れる『偉大なる速度の力』も手伝って、主人公はようやくこの試練を乗り越えることができたのだ。
そして、彼は『魔力不適合者』ではない。
つまり、テンプスでは越えられない。
そのために、テッラに情報をそれとなく流したのだ。
時計のこと。武器のこと。
家の情報――そうそう、盗みやすいように鍵を置いて席を離れたりもした。
賢いテッラとその後ろにいる悪辣な二人の事だ。確実にテンプスの手から時計と武器を奪ったことだろう。
であれば、テンプスにあの罠の数々を食い止める方法などない。
彼はおそらくすでに死んでいるか――さもなければ、あの『掃きだめ』の底で捨てられている事だろう。
そして、シナリオは最悪の方向に進んでいるはずだ。
テッラは『捕食』され、マギアは魔女たちの真の目的の前に膝を屈する――らしい。ゲームの感想サイトにそう書いてあった。
『――そこを俺が助ける!こうすれば、俺は主人公になれる!』
これならば、マギアの好感度もうなぎのぼりだ。何なら家族やもう一人も手に入るかもしれない!少なくとも憎からず思ってくれるだろう。
もう一度、すべてを手のうちに入れるチャンスが来るのだ。
サンケイは歓喜していた――その様はまるで空想を膨らませることで興奮を得る子供のように見えた。
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