疑問
「パンくず」の光の筋は、まるで妖精が駆け抜けた後のようにきらきらと輝き、まるで彼を手招いているように誘う。
その光の軌跡をたどりながらテンプスは後ろから追いすがる水音に対して、注意を払っていた。
跳ねる水の音と周りに反響する足音からして相手の数は三、動きから察するにどうにも相手は挟み撃ちを狙っているらしい。この先の三叉路だろう。
それが分かるのと、テンプスが再び体を反転させたのはほとんど同時だった。
左手に握った剣を両手に握りなおし、体を反転させ、猛然と敵に襲い掛かる。
体の筋肉を躍動させて、体の内部の血管を極微細に操り、特定のパターンをくみ上げる。
屈曲のパターン。特定の血管と筋肉の配列にオーラを流し体の表面で光を横滑りさせ体の視認性を落とす。
肉体を自在に操り、力の使い方に精通した『秘密暴き』にしかできないこの力で、彼は襲撃者の目から隠れて襲い掛かる。
これまでの戦闘で、この下水道の魔術についていくらかわかったことは、追跡者側はこの魔術から得られる情報をリアルタイムで獲得しているわけではないということだ。
隠れた自分を見突くことができるのはおそらく術者だけだ、その術者が相手に伝えるまでにかすかなタイムラグがある。
だとしたら――この動きには反応できない。
猛進したテンプスに相手が反応したのは、すでに剣の間合いに入ったタイミングだった。
腹部に柄頭での一撃。相手の体が折れたと同時に剣を回して足の腱を切る。
地面に倒れ伏した彼の頭部に踵をたたきつけた。
意識を失って汚水の上に浮かぶ相手をひっくり返して、再び彼は「パンくず」を追う――そして同時に、彼の中で疑問が再燃する。
『彼女の家族を復活させた意味はなんだ?』
彼は家から出る際にあることを確認していた――マギアの部屋の中にあった棺の確認だ。
彼女の部屋の中央に鎮座するその巨大な棺の、重い石造りの蓋を抑えていた鎖の戒めは解かれ、その蓋はまるで口を開くように開いていた。
つまり――彼女をさらったあの二人は明確に彼女の家族なのだ。1200年の月日を経てこの世によみがえった。
それはいい、喜ばしい事だ。だが同時に、一つの疑問が生まれる――なぜ起こした?
『彼女をさらうためか?そのためだけに自分の技量をはるかに超える魔術師の術に挑んだ?』
どうにもしっくりこない。
オモルフォスの例を見るに、魔女たちは基本的に小心者で大それたことができるという印象はない。
学園にいる面倒ないじめっ子と同じだ。群れていると異様に強気になるが、そうでないときは極端なほどに臆病だ。
そんな連中がマギアをさらうためだけに聖女の魔術に挑むのか?
『――つじつまが合わない、なぜそんなことをする?魔術による思考誘導が効いてるからいいようなものを、マギアと同じ呪いがかかってる二人を下手に起こせばそれこそ敵が増える可能性がある。』
妙だ。
九人目の聖女に恐れを抱いているような連中が、なぜその縁者をよみがえらせる?
周到な計画だとは思う。
彼女に対するカウンターとして家族を、自分に対する敵対者としてテッラを抱き込んでの家屋襲撃――要塞化を行ったことで油断していたのは認めざるおえない。
だが――だからと言って、彼女の棺を開ける理由になるか?開けられるのかすらわからないというのに?
『……別の意図があるはずだ。』
そもそも攫う理由がわからない――なぜ殺さないのだ?
あの二人に襲われればマギアは抵抗できなかっただろう、わざわざ攫ってここまで連れてくる……意味が分からない。
『オモルフォスの時は……』
殺す気だとは言っていたがこうなってくると本当だったかどうかが分からない。この奥にいる魔女に引き渡す気だった可能性は十分ある。
テッラの行動。魔女の行動。どちらにも疑問がある。
だから、彼はこの誘いに乗っているのだ。
後ろに増えた足音を聞きながら、彼を囲みつつある連中の動きから彼はその思惑を予測した。
『――なるほど、町の中心に誘導したいのか……』
大雑把な音の反響から彼が把握していた地形からすると、どうやらこの連中は自分を町の中心地に向かって誘導しているらしいのは明らかだった。
『と、なると……』
彼の脳裏にある事実が思い至った。この町について過去に聞いた噂だ。
その噂が事実なら、自分は今から人間性の底辺を眺めることになるだろう――だからと言って、逃げるわけにもいかない。
自分が逃げ出せば、魔女はマギアに対して何かしらの行動を起こすだろう。保険は掛けてあるが――それだってあまり時間が長くなればどこまで正常に機能するかわからない。
以前も語った通り、オモルフォスの同類である魔女が彼女に対して素晴らしい対応をしていると期待するのはあまりにも現実が見えていないだろう。
『……鬼も蛇も出たな。』
苦笑しながら彼は敵の罠にはまった――どちらにせよ、「パンくず」がこちらに続いている以上自分は行くしかないのだ。
三叉路の手前、大柄な人間ならば決して通れないだろう一回り小さな排水路に体を滑り込ませたテンプスは再び足を動かす――何が来たとしても、足を止めるわけにはいかないのだ。
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