永い始まり
その言葉に、テンプスは一瞬だけ動きを止めた。
「その傷、覚えがあります。先日の試合で見ましたよ、土系統による極繊細な創造魔術、使っていたのはあなたの弟君のご友人、名は――」
「――テッラだ。わかってるよ。」
彼女の言葉を掬い取るようにテンプスが続けた。
彼女の危惧は分かっている。
彼が守れと言ったのは自分を襲った人間が仲間だと呼ぶ者達だ。
一体どのような理由で彼が裏切ったのか不明だが、それでも裏切っていることには変わりない。
その仲間が彼の敵でない保証は――ない。
「あんたの言いたいことは分かるよ。ただ……ただ――違和感があるんだ、今日あいつがやった事全部。」
そう言って、彼は今日という一日を思い返す。
最初に違和感を覚えたのは大会最終戦、弟の戦っていで見せたかすかで明確な違和感だ。
「何故わざと負ける必要がある?そんなことに意味はない、ないが――それが個人的な感傷だったら?弟の友人として、兄を傷つけるのが忍びなかった。だから、せめてあいつに勝利を譲った。それだけだったとしたら?」
それならば、筋は通る気がした。
このマギアの拉致に今日の大会の結果が関係していたとは思えない。
この計画とは全く関係がない理由で、サンケイに手柄を譲ったというのなら、テンプスに思いつく理由はこれだけだ。
「この体の傷にしてもそうだ、狙えば頭だって狙えた。なのに、ギリギリ死なない位置を狙ってる……なんで、僕を殺して行けたのに殺さなかったのか?それも、友人の兄を殺したくなかったからだったとしたら?」
それなら、自分がまだ動いている理由は分かる。
狙うのなら、頭だってどこだって狙えた、動ける程度の木津にしたのは殺したくなかったからではないのか?
「それなら僕を殺していかなかった理由にもなる。だとしたら、確かめてやらないと。」
「……希望的観測が過ぎるのでは?」
呆れ交じりに声が響く。
「だな。」
苦笑する。
言っていることに矛盾があるのをテンプスは自覚していた。
負けたことにはテンプスが知らない事情があっただけかもしれないし、この体の傷にしても致命的な傷ではあったのだ。頭を狙わなかったのはもっと狙いやすい急所があっただけかもしれない。
心臓を狙わなかった、負けたとしてもこの件に対して何か有利に働かないのではないか――いろいろと思うことはある、ただ彼の仮説を裏付ける程の何かではない。
ただ、それでもテンプスは信じてみることにしたのだ。
弟の目を、彼自身の直感を、そして――弟に向ける彼の笑顔を。
「もし、アイツがやってることがあいつの意志に反してるのなら、誰かが助けてやらないと。」
それができる人間は、現状事態を知っている彼だけだ。
「僕にしかできないなら――僕がやらないと。」
そう言った彼が部屋の扉にたどり着いた。
もはや痛みになれつつある、しばらく味のある食事はできないが、これだけ効果があるのならそれ程悪い取引ではない。
「僕が間の抜けた頼みをしてるのは分かってるが、この件を頼めるほど腕が良くて事情を知ってるやつが、あんたを含めて二人しかいないんだ、悪いが頼まれてくれ。」
「……なぜそこまでされるのです?マギアさんはともかく彼はただの後輩でしょう。」
不思議そうに、不満そうに、アマノが問いかけた。
それは彼女からすれば当然の疑問だった。彼女の長い生の中でこのような行動をとる人間は多くない。
「昔言われたんだよ。」
「?」
「お前は優しいやつだから、相手に慈悲をかけてやれって。」
それは夢の中で――いつかの過去で彼がかけられた言葉、彼がそれを実践できているとは思えない。
ジャックにやった仕打ちも、用務員にかけた言葉も、彼にとって決して慈悲ある行動とは言えない。
ただ――それでも、出来るだけその言葉の通りに生きてみたいと思ってはいた。
祖父にがっかりさせないように――マギアや弟と共に立つ人間として、最低限まともな人間でいたい。
「そして、その上で、もし悔い改めない奴がいて、そのせいでひどい目に合ってるやつがいたら――」
それはいつかの質問の答え。
『――お前が助けてやりなさい。そのための力は私がやろう。』「――僕が助けてやれって。そのための力はもう貰った。あとはこなすだけだ。」
そう言って苦笑した彼に、アマノは呆れとも感心ともつかぬ息を吐いてこう言った――
「――わかりました、ただ、一つだけ条件があります。」
地下室で、テンプスは過去の遺物たちと久々の対面をこなしていた。
それらはマギアがここに来る前、祖父が亡くなる前と後に作っていた数々の『再生品』の墓場だ。
『スカラ・アル・カリプト』のパターンを得る前に使っていたアグロメリット――『秘蹟の凝集塊』のついた時計の内部機構。
フェーズシフターを再現できないと考えていた時期に作った、自分用のオーラ浸潤型の改造刀剣。
タロウ何某さんに使った『拘束のコイン』。
フェーズシフターのブースター使用のための『レンズ』の試作品。
新作のブースター、手慰みに作った手品の小道具じみたちんけな玩具。
スカラーの遺物を再現するために祖父と作り上げた数々の代物。
そう言ったものだけが今の彼の武器だった。
急ぐ必要がある、これから二つの家を回って、後のことを頼まなければならない――帰ってこられなかったときのために。
深く息を吸って、腹に力を籠める――彼女と組んでから最も長く、危険な一週間が始まろうとしていた。
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