敗北

 すっかり日が落ちた後の暗闇があたりを支配し、もはやなにも動かなくなった暗闇の中でテンプスは足元に転がっている失神した襲撃者の体を探っていた。


 襲い掛かってきた襲撃者たちが何者なのか、テンプスにはすでに見当がついていた、初めてマギアを認知した夜にも同じことがあったからだ。


 あの夜叩きのめした襲撃者、あれの動きはこいつらの動きに酷似している。


 だとすれば――


『やっぱりか……』


《変相の塗料》だ。


 初めて弟とマギアを見た日、あの暗がりの路地で倒した暗殺者がつけていた物と同じ塗料。


 そして、その下から現れた紋章に彼は見覚えがあった。


『猟犬の印……ハウンド』


 それはひどく広域で活動する『犯罪者集団』の斥候に与えられる、身分を示すための入れ墨だ。


 あの日、弟たちを監視していた男の属する組織の印。


 初めて時計を――鎧を身に着けた時にあの屋敷から逃げ出した者達の印。


 つまりは――


『過去の亡霊が襲いに来た……か?』


 これで狙いは明白になった、こいつらの狙いは自分だが、あの二人組の狙いは――


『マギア。』


 そう考えるのと、彼が自分の家の玄関に向けて突進するのはほとんど同時だった。




 がさがさと藪をかき分ける音が響く。


 静かな夜の闇の中でひときわ大きく響くその音は二人の美しい女性が原因の音だ。


 まるで絹のような肌をした、人形のように美しい二人は肩にまるで荷物のようにもう一人の女を抱えて、藪の中を歩く。


 体に傷がつくことも厭わず進むその姿は、まるでその見た目の通り、人間ではないかのような印象を与える。


「――大丈夫?」


「ん?へいき。」


 まるでハイキングでもするかのように


 あの少しばかりがたが来ている家の裏口から通じているこの薄暗い林は、なるほど、追跡者を巻くのにはちょうどいい。


 確かに自分たちにこの娘程の魔術の技量はないが、それでもからにげてきた経験がある、そうそう簡単には――


「――動くな。」


 鋭い声が響いた。


 その声に驚いたように目を見開いた二人に向けて声の主は


「動くな。」


「――びっくりした、あの人達、まけた?」


「残念ながらね。」


 そう言いながら、木の陰から現れたのは、先ほどまで自宅の前で戦っていた男――テンプスだった。


「勝てたんだね。」


「これでもそこそこすごいんだよ――人様のうちに土足で踏み込んだことは不問にしとくよ、代わりにその肩の娘をこっちに渡してもらおうか?」


 言いながら、彼は左手の何か――フェーズシフターを差し向けて相手を脅しつける。


「ん、ごめん、なさい?でもこの子はダメ……私の娘だから、私が幸せにしないと……」


「そんなに大事な娘さんをそんな持ち方するもんじゃないと思うけどね。」


「……この子結構重くて……」


「姉食べすぎだと思う。」


 どこかしょんぼりとした様子で、彼女が告げる――しかし、油断できる相手ではない。


 いかんせん、彼女と同じだけの能力を持っている疑いがあるのだ。少なくとも、呪いは同じものを持っている。


 本来なら時計を使うべきだろうが――そうもいかない。


『――本当に彼女の親族なら鎧は強すぎる……無傷でとらえられん。』


 偽物ならばいい、だが本人だったら――自分が彼女から家族を奪うことになる。


 それはできない――そう考えて、生身で追いかけたのだ。


「どこに連れてくんだ?感動の再会ってんなら、僕の家貸すけど。」


「ふるい……知り合いの家?いいところだって聞いてる。」


「悪いが同窓会のお誘いはキャンセルさせてほしいな……今日は祝い事でね。」


「そう、なの?ごめんなさい、でも、連れてくるよう、言われてるから。」


 そう言ってどこか呆然と言葉を紡ぐ彼女の反応に、テンプスの能力が動く――


『思考の制御……いや、強迫観念の発生か?』


 何かをしなければならない、という強い


 もしかすると、彼女の祖母と守護の呪いとやらの力の残滓によるものかもしれない、いまだに彼女たちを守っているのだとすればすさまじい力と献身だ。


「――なら連れてってくれよ、一人で飯を食うのは味気なくってね。」


「ごめん、なさい?出来損ないは、要らないみたい。」


 そう言って、彼女たちは再び前を向いて――


「――だからここでお別れ。」


 瞬間、背筋に強い悪寒が走った。


 とっさに横に向けて体を投げ出す――この雰囲気には覚えがある、用務員に肩をぶち抜かれた朝に感じたあの違和感だ。


 とっさに宙に浮いた体に強い衝撃が走る――まるで「稲妻に貫かれたような」衝撃が、テンプスの体を弾き飛ばした。


「やっぱりこれじゃダメか……あいつでも動けないぐらいの威力で撃ってるつもりなんだけど。」


 傍らで、聞いた覚えがあるような声でそう呟くのが確かに聞こえた。


 一瞬、息が止まる。


 衝撃に体が固まり、勢いよく弾かれた体が木の枝を巻き込みながら横滑りした。


 地面を勢いよく削りながら進む体を制御しながら、テンプスはとっさに腕を伸ばし、左手に握った弩のフェーズシフターを相手に向けて引き金を――


「――――!」


 ―――引けない。


 その腕に、地面から伸びた鋭い土の槍が刺さっていた。


 細く――しかし鋭いその槍は手首と腕を貫き、握力を奪う。


 とっさに右手でフェーズシフターを握ろうとして――さらに生えて来た槍で、右の四肢を貫かれた。


 右手右足、さらに右脇腹に突き立った土の槍がテンプスの体を持ち上げる――


 槍に血が滴った。


 そして何よりもテンプスに衝撃を与えたのはこの槍の魔術に見覚えがあったことだ。


 土の創造魔術――これが得意な人間で、先ほど自分を弾いた攻撃をできる人間をテンプスは一人だけ知っていた。


 彼は視線の先でこちらに向けて無機質な視線を向けている夜の色のローブで姿を隠したに向けて絞り出すように呻いた。


「――おまえ……何で……」


 さらに深く刺さってくる槍に呻きながらこちらに向けて怒りを放つテンプスに彼は申し訳なさそうに言葉を告げた。


「――許してくれとは言いません。俺にもやらなきゃいけないことがあるんです。」


 そう言って、彼――テッラ・コンティネンスは二人の女の後を追った。

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