猛攻
先手を取ったのはテンプスだった。
背後の自宅、後ろに腕を回してその二階部分に向かって石弓の引き金を引く。
先ほどの砲撃をテンプスの家の空き部屋からのぞいていた二人は体を部屋の中に潜らせて躱していた。
家にかけられた守護の魔術と防壁のパターンは敵が内側に居ても問題なく起動し、家の外壁を守った。
傷らしい傷もつかない家の窓から再び二人が顔を出すのをテンプスはパターン的に予知していた。
再び、六発の砲声が響く――頭上から見下ろす二人に三発ずつ飛んで行った砲弾を、彼らは先ほどの砲撃と同じように部屋に潜って躱した。
その隙に動揺とためらいの見られる相手に疾駆する。
狙いはボスと呼ばれた男――ではない。先ほどの一撃で足をかすめてしびれが残る一人だった。
この手の手合いはボスを倒したからと言って逃げたりはしない、ボスは「手ごわい相手」ではあっても「倒せば戦闘が終わるスイッチ」ではない。
相手は六人――いや、最初に自分を此処に引き込んだのを含めると七人か――数の不利は明確だ。
ひとまず数的不利を覆す必要がある。そのためにも、一人ずつ削らなければならない。
そのために、落としやすい敵から落とすのだ――でなければ、相手の物量に押されて負ける。
また、先ほどの砲撃のように足を止めて攻撃もしたくない。
相手は手練れのアサシンだ、雷属性の魔術しか使えないということはあるまい、少なくともその派生元の風は使えるはずだ。
風の魔術で大気の鎖でも作られたら、一瞬で均衡が崩れる。
それに、自分独自の問題もある――鎖の魔術を食らってしまうと、筋肉が完全に硬直して、動けなくなるのだ。
この状況でそれは絶対的な死を意味する。
それを避けるためにも、盾が必要だった。
走りながら、再び弩の轟音が響いた。
狙いに気がついたらしいボスたちへの牽制射、ボスに三発、近い個体に二発、遠いのに一発。
六発の砲弾をそれぞれに割り振りながら走る。
砲弾は宙天を進み、襲撃者に襲い掛かった。
不可視のそれらを無傷で躱しえたのはひとえに彼らの技量ゆえだ。
猟犬の名を持つ組織に属する彼らはその中でも腕の立つ精鋭、空気の揺れや殺意の有無で攻撃をかわす技能は心得ていた。
それが彼らの身を助けた。
自分を狙う不可視の砲撃を横に跳んで躱し、空中に居ながら高速で練り上げた魔力でもって極矮小な魔術を放った。
『雷の短矢』と呼ばれるそれは牽制に向いた一撃だが、『魔力不適応者』には致命的だ、死に至る可能性もある。
最小の詠唱で放たれた『雷の短矢』にテンプスはしかし、初めからわかっていたようにそちらに向けて弩の引き金を引いた。
狙いを過たずに直撃した砲撃によって、放たれた四本の矢は、粉々に砕けた。
次弾はこない――残りの二発の砲弾が相手行動を阻害していたし、この速度で次の魔術を連射するのは本職の魔術師もなければ厳しいだろう。
少なくとも、暗殺の片手間で学んだ人間には難しい。
相手の様子を横目で確認しながら、彼はこちらに向けて『雷の短矢』を撃ったままの姿勢で固まる襲撃者に襲い掛かった。
背後に向けてもう一度引き金を引いたテンプスはそのままの勢いで相手に突進した。
踏ん張りの効かない襲撃者はその動きから逃れきれない。
とっさに腰の後ろにマウントしていたらしい短剣を横薙ぎに振り切られたが、その動きも予見していたテンプスは即座に体を深く倒してその一撃を躱した。
そのまま、相手の腰に腕を回し、その腕を基点にぐるりと体を相手の背中に回す。
相手が驚愕に身を揺らすのと、テンプスが背後から突き付けたフェーズシフターが砲声を響かせるのは同時だった。
正中線、それも下腹付近にくらった一撃は襲撃者の体を機能不全にするには十分な威力があった。
がくり、と体を前に倒す襲撃者を支えたのはテンプスの腕だ。
背後から首に回された腕が襲撃者の体を支え、羽交い絞めのような構造で再び立たせた――それが何かは、襲撃者には明白だった。
それは人の盾だ。
アサシンとして、味方を打つことにためらいなどない。だが同時に先ほどまで使っていたような極低威力な魔術は使えない。
そう考えている間にも、テンプスが動く。
がっくりと力をなくした襲撃者の体を自宅の方向に向け、窓からの攻撃を抑えながら、引き金を連打。一度に六発放たれる砲弾が無数に彼らを襲った。
この武器の最も優れた点は威力ではない、連射性だ。
この弩に弾切れはない。
弾切れが起こるとしたらそれは射手が死んでいるときだけだ。
そんなことを知る由もない彼らはその砲撃の雨に対して
再び響いた轟音を聞きながら、テンプスは思考内部でブースターの残り時間を考えていた。
ブースターにはそれぞれ力の持続時間が存在し、戦闘用のブースターは基本それが短い。
『
それに――
『――マギアが出てこない。』
これだけ騒いで出てこないということは――非常にまずい状況だ。
虎の子の時計も使えない。そんな隙がない。
戦況とは裏腹に、テンプスは追い詰められつつあった。
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