最終戦
あらゆるものを一突きに貫いて来た恐ろしい槍の一撃は、流麗に踊る剣の壁に阻まれた。
甲高い金属音が鳴り、試合開始前とは打って変わって静まり返った会場に響いた。
皆見入っていた。
片や、その恵まれた肢体から力強く放たれる突きは、まるで雷鳴のようにとどろき、光のように鋭く空間を貫く。
その一撃に耐えられたものは、今のとこネブラと――目の前の対戦相手、サンケイだけだ。
まるで鉄の塊すら貫けるだろう恐ろしい一撃を、しかしサンケイは見事な動きでかわして見せる。
踊るようなステップ。そして、その合間に繰り出される間断ない攻撃。攻防一体の動き――余人は思うだろう、これこそ剣舞だと。
それはマギアにしても同じだ――彼がまっとうに戦っているところをまともに見ていない彼女にしてみればそれはかなり意外な事だった。
「……これまでの試合だとわかんなかったですけど、サンケイって強かったんですねぇ。」
「ん?ああ、うん……」
感嘆の傍らの少女の感嘆の声に、しかし、兄は決して色の良い返事ができない。
「やっぱ、ちょっと疲れてんのかな……」
ぽつりとこぼす、違和感があった。
「疲れてる?」
「動きが……前の試合より明らかに悪い。」
そう言って、眉にしわを寄せた。
彼からすればあれは手を抜いているのか――あるいはひどく疲れた人間の動きに見えた。
「……どっちがです?どっちもすごい動いてることしかわかんないんですけど。」
そう言って、傍らの少女は眉をせがめながら試合を目を細めて注視する。
まるで猫のようなその視線をかわいらしく思いながらテンプスはこたえた。
「テッラ。」
「――あの人が?息一つきれてませんけど。」
そう言って、彼女は会場をまじまじと見つめる――違いが判らない。
「これまでのあいつのパターンなら、槍の戻しはもうちょっと早いはずだ、最初の一撃もうちはじめがおそい、彼のリーチならもう半歩遠くても届いた。」
「……そう、なんですか?」
「そうなんですよ――あと、得意の土の魔術が出てきてない。」
「ああ、それは確かに、彼の制御技能なら足元崩して隙を作るぐらいできますよね。肉体の補強も弱めですし。」
「うん……」
違和感がある。
何かこう――納得ができない。
『――わざと負けようとしてる?』
思考に浮かび上がった可能性を打ち消す――弟はそれを許すタイプではないし、自分が知る限りテッラもその手の行為を行ったり、何かしらの脅しに屈するタイプではない。
しかし――ならこの違和感は何だろう?
目の前で起きている事に説明ができない不快感を抱えて、テンプスは首をひねった。
腕にかすかな震えを感じながら、サンケイは自分の体に限界がすり寄ってきているのに気がついていた。
『まったく――これだけやってるのに、勝てないとか……ほんとにバケモンだなこいつは……』
実際、彼はこの試合に万全の態勢で挑んだ。
回復の魔術と持ち込んだ薬品の効果で体を回復させた。
彼が苦手な属性の魔術を使って、じりじり有利になるように多方面から攻撃しながらの剣裁。
兄を超えた――と、彼は思っている――剣技でもって襲い掛かっているが……原作でも五指に入る強キャラ相手にはこれでもやはりまだ足りないらしい。
『どうするかなぁ……勝てるとレアなアイテムくれるって聞いてるし、何とか勝ちたいんだけど……』
そう考えている彼に、ふたたび槍の連撃が襲う。
地面がきしむような震脚から顔面狙いの一撃。胴を強打するために振るわれる石突の一撃。激突の反動を使っての斜め上からの振り下ろし。
怒濤の三連撃。
これまでの対戦相手を一撃で沈めて来た攻撃が連続で襲って来る。
その攻撃をサンケイは見事に防いで見せた。
顔への攻撃を首を傾けて躱す。石突の一撃を剣を防ぐ。斜めからの一撃を再び剣で防いで――体が崩れた。
『――やべ――』
その隙に気がつかぬほどテッラは甘い男ではなかった。
崩れた体勢を見抜くと同時に、サンケイには驚くほど速く映る槍の一撃を放つ。正中線に激突するような一撃はたやすくサンケイの体を打ち貫くだろう。
『防げな――』
い。
その事実が脳を支配するよりも早く、彼の中で眠っていた兄からの陶訓が体を動かした。
狙われた部分を隠すように右足が後退、繰り出された槍を半身になって躱す。
強い一歩と共に突き出された槍は空気すら貫いて虚空をえぐった――すでに剣の間合いに入っている。
槍の名手に放った時と同じように――けれどより鋭く、弧を描いた斬撃が切り上がる。
過去にテンプスがサンケイに教え込んだ槍の対処だ、突きに対しては体を躱して、剣の攻撃半径に侵入する。
前後左右、あらゆる状況からこの動きができるように二人して訓練したこの技は、今回も完璧な軌道でもって跳ね上がった。
再び、『扇の羽』が開いた。
半円を描くように、股下から剣先が侵入する、脊柱に沿って柔らかな下腹部を切り裂きながら下顎を切り裂き、頭蓋をかちあげた。
と同時に、サンケイの顔に苦悶の色が浮かぶ――躱しきれなかった一撃が肩を貫いていた。
だらりと腕が落ちる。
この会場を出るまで、腕は使えないだろう――だが、問題はない。
未だに剣を持った腕を持ち上げる。
会場に割れんばかりの歓声が響いた。
勝利を告げる万雷の拍手が彼を包んだ。
「――おおー!やりました!勝ちましたよ、せんぱ――先輩?」
歓声を上げる生徒の中で、本人も歓声を上げていたマギアが口を開いて――首をひねった。
もっともこの勝利に喜んでいるだろう男が、反応していない。
不審に思って傍らを見れば、肩に乗っていた水晶の蜘蛛と同じ動きで首をひねっていた。
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