祭りの一幕
『これより学内武闘会最終戦を開始します。出場選手は前へ。』
「――じゃあ、行ってくるよ、兄さん」
「ん、まあ、頑張れ。」
「兄さんも十分気の抜ける応援だよ……」
苦笑交じりに歩き出す弟を見送って、テンプスはゆっくりともいた石に向かって歩き出した。
歓声はピークだ。
当然だろう、この試合がこの大会最後の一戦であり、同時に、最も待ち望まれた試合なのだから。
サンケイ・グベルマーレVSテッラ・コンティネンス。
学園で最も著名にして、同時に最強との呼び声高い麒麟児集団の中でツートップである二人の対戦はこの学園で最も注目されたカードの一つだ。
そんな夢のカードを見られるとあっては会場の熱気も一段と力を増すのも無理はない。
舞台の屋根にしつらえられた校旗が風にあおられてはためいたが、そんな音をかき消すほどの歓声とヤジによって、その音は誰の耳にも届かない。
『やっぱりこの二人になったか。』
そう言いながら、彼は視線を舞台の方に向ける――教職員に何やら注意事項の説明を受けている二人が視界に映った。
片や、見慣れた黒髪の自分と同じくらいの背丈の弟。
片や、均整の取れた金髪の美丈夫の後輩。
その光景をどこか遠くに眺めながら、テンプスは次の試合――弟とその友人の対決に思いをはせていた。
エリクシーズと呼ばれる麒麟児集団の対戦はいずれも見ごたえがあった……らしい。テンプスは悲しい事二課題をやっていってがっつりは見れていないのだ。
アネモスはサンケイと二回戦で激突、変幻自在の風の魔術にいささか苦戦したようだが、結果として、サンケイが風の魔術を凌駕して勝利。
フラルはマギアとぶち当たり、二人してノックアウトしあってドロー。
その後、マギアが棄権を申し出たのでそのままフラルが次に進む――と思われたのだが、当の本人が「あんな結果では満足できない」と、こちらも棄権。
マギア曰く「ちょうどいい理由付けでした。」とのこと、ちょうどよく舐められない相手に負けられたとご満悦だった。
ネブラはテッラと戦って負けた。
槍のリーチと大剣のリーチの差と、魔術の相性による薄氷の勝利と呼ぶにふさわしい勝負だった。
そんな一線を課題を終わらせた彼はしっかりと見届けた。
『あれだと……サンケイにちょっと分が悪いかな?』
「――先輩!こっちですよ。」
「――ん?おお。」
そんな事を考えながら歩いていた彼を、聞きなじみのある声が呼び止める。
目線をそこに向けると、そこには何かを肩に乗せながらこちらに向かって手を振るマギアの姿がある。
「お待たせしました。」
「ん、どうでしたサンケイ。」
「いつも通りだ、良くもないが悪くもない。」
「んー……どっち優勢です?」
「……五分五分?それより、どうだ、そいつ。ずいぶん懐かれてるけど。」
「ん、ああ、便利ですよ、見た目きもいですけど。」
そう言って、肩の上の何かを撫でる。
そこに居たのは蜘蛛――のような生き物だ。
蜘蛛と同じように六本の細い足を備え、地面をかさかさと動き回るその生き物は――しかし、足以外の部分が蜘蛛の物ではなかった。
――体がひし形の水晶なのだ。
ペンダントなどによく見られる縦に長いひし形の水晶が、マギアの肩の上で、自立した意志をもって動き回っていた。
――ソリシッドアグロメリット――
そう呼ばれるこの意思ある結晶体は、テンプスの手によって作られた。
スカラー文明においてアグロメリット――『秘蹟の凝集塊』は必須の代物だった。
自然界に存在せず、作成に銅、銀、鉄、何種類かの薬品、自作する必要のあるいくつかの機材、そして、パターンを見る能力が必要なこの結晶体はスカラーの民が見つけ出した、魔力によらない神秘装置群の心臓部である。
生体からオーラを回収し、周囲の回路に流し込む性質を持つこの物体でオーラを集めることによってスカラーはオーラを自在に扱う力を得ている。
時計を開放すると中心に埋め込まれている結晶体はこれだ。
そして、その結晶体に特定のパターンを組み込んだものがこのソリシッドアグロメリットだ。
この作成時に得られたオーラをもとに起動するこの生き物は、周辺の生物からごくかすかなオーラを回収しながら自立稼働し、その身に刻まれたパターンを行使することができる。
太古のスカラー文明はこれらの個体を助手のように扱っていたらしい。
所有者と精神的なつながりを持つこの結晶体は、所有者に自らの居場所を伝える機能を持ち、周囲の情報を伝える事すら可能だ。
彼はこの現行一品物である逸品をマギアに送っていた。
それは普段からの感謝の気持ちであると同時にある種の対策でもあった。
「だろう、初めて作ったにしては悪くない出来だ。」
「なんか休校中にいそいそ作ってたのはこれですか?」
「そうそう――まさか、弟の応援用の横断幕でも作ってると思ったのか?」
「貴方の溺愛具合ならあってもおかしくないかと思いました。」
「……そんな目で見られてんの僕?」
「自覚ないんですか?過保護なぐらいですよ。」
「……そうか?」
あれぐらい普通だろう。と思いながら、彼はひときわ強く上がった歓声に顔を会場に向けた――試合が始まる。
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