四面楚歌/いつか、怪物という名の魔女

祭りの最中

 その一週間は後にテンプスが語ったところによると「彼女と組んでから一番やばいと思った一週間だった。」というような険しい闘いの日々だった。


 その一部始終を語って聞かせるためには、この事件が、用務員の暴動から十日たったある日、照り付ける太陽と清々しい風が吹く夏のことであり。再び開かれた学内武闘会の最後の日に起きたのだということを知っておいてもらう必要がある。






 剣裁の音が響き、その都度、黄色い歓声が鳴り響いた。


 全校生徒が入ることのできる巨大なステージの中央で二人の男子生徒が戦っていた。


 片や白皙の美少年、剣の名手――サンケイ・グベルマーレ。


 片や突きの名手として名高い槍使いの名家――ミレス・グルマ。


 彼の出で立ちは意気込みを感じるものだった。


 片手に槍、片手に盾、その姿はどこかの重装歩兵を彷彿とさせる。


「いぃやぁあぁ!」


 叫び、強い一撃が走る。


 その一撃はまるで蛇のように空中で軌道を変えながら、複雑に相手を貫抜こうと空を駆け抜ける。


 その一撃を払いのけられたのは間違いなくこちらの世界に来た時に得た剣の才能ゆえだ。


 片手であるにもかかわらず鋭く繰り出される槍は恐ろしいほどの速度で、繰り出される突きは一撃一撃が重い。


 さらに言えば、盾の存在も邪魔だった。


 基本的に、盾というのは強い装備なのだ。


 体の半分を完全に防備し、少し動かせば体全体を守ることもできるその防具は、同時にその重量から鈍器ともなりえる。


 シールドバッシュなんて単語を聞いたことがある人間も多いだろう。


 平時――それこそ、街をただ歩くだけならば重さと大きさから携行しないという選択肢も考えられるが、こと戦や決闘に関しては無類の力を発揮する。


 いわんや不意打ちも先手を強引にとりにも行けない決闘ともなると――いよいよ難儀だ。


 では魔術で――ともいかない。


 盾を魔術で越えようということぐらい、誰でも考え着くこと、そして、誰にでも考え着くというのなら使う側だって考え着くのだ。


 体を魔力の燐光で覆い、魔術への対抗性を上げている彼に半端な魔術は届かない。


 それはサンケイもわかっていた。


 ゆえに――彼はある種の賭けに出た。


「――はぁア!」


 力を籠めての横薙ぎの強撃。


 盾を弾こうと放たれた一撃は、彼の体勢を強く崩すに十分な威力があった。


 しかし――相手だってそれぐらいは分かる。


 強い一撃に合わせて、強く盾を押し出す。


 その重量のある一撃はサンケイの一撃を――弾いた。


 後ろに剣が流れる――体もだ。


 大きくのぞけった体は泳ぎ、隙をさらした。


 そのわき腹にミレスの一撃が走る、体を盾の守護半径から出しての大きな一撃――そこでサンケイの体が弾かれたように動いた。


 泳いだはずの体が即座に持ち直し、その動きのまま、手に持った剣で槍が払われた。


 まずい――と思った時にすべてが遅かった。


『扇の羽』は地を這うと、勢いよく中空に駆け抜けた。


 ズブリ、と肉が引き裂かれる感覚がサンケイの手に残った。


 何の防備もなかった股座から侵入した刃は脊柱に沿うように体を上り、ろっ骨を断ち切って下顎に埋まり、そのまま頭蓋骨を突き抜けた。


 古の魔術の力で死にはしないが――しばらく意識をなくすだろう。


 サンケイが誇らしげに腕を上げる――勝利の宣誓だった。






「おおっ、やっぱり勝ちましたよせんぱ――何してるんです?」


「んぁ?ああ、この前の用務員の一件の時に虚偽申告して休んだ罰則。」


 周囲の熱狂を受けてどこか上機嫌なマギアが、テンプスに声をかける。


 彼の大事にしている弟の活躍を彼は――見ていなかった。


 彼は自分の膝の上で何やら書き物をしていた。


 これは彼に課せられた罰だ――あの用務員事件の際、彼は欠席を偽って学園に居た。


 それを問題視する教職員がいたのだ、それによって、彼は嫌がらせに近い課題を課せられてそれの消化にひび追われていた。


 それでも、応援席にいるのは弟と後輩たちの活躍を見るために他ならない。


「……また出されたんですか?」


「全科目一種類ずつだ、よく考えるよな。」


 苦笑しながら答えるテンプスにマギアがひどく渋い顔で告げる。


「大体、何で取り押さえたあなたがそんなことしてるんです?課題が必要なのはあの色者どもか、さもなきゃ犯行を一回見逃した学園側でしょう。」


「仕方ないさ、ここはそう言うとこだ。」


 いいながら、彼は出来上がった課題をしげしげと眺めてなん箇所かを不満げに訂正し始めた。


「まあ、でも大体結果は分かるよ、サンケイが勝ったろ?」


「ええ、すごかったですよ、あの――」


「股からの切り上げ?」


 紙面から目を離さずにテンプスがとどめの一撃を言い当てた。


「……見てました?」


「いや、二人の動きのパターンで脳内で戦わせると大体それでケリがつくから――相変わらず、アイツは軸足の体重の残し方が偏るな……」


 脳内の弟の動きにケチをつけながらテンプスはさらに詳細な情景を言い当てて見せる。


「わざと脇腹のあたりに隙を見せて、突きを誘発、その一撃を体を戻して脇に抱え込むように剣で払って、動きのまま後ろ回し蹴りで盾をを弾く、そのまま地面すれすれを走るように股ぐらから一撃。またから頭まですっぱり斬られてご臨終ってとこか。」


「……そこまでわかるもんですか?」


「彼の試合は何回か見た、突きが決め技で、彼も自信があるから確実にそれで決めに来る、アイツに教えた技で一番派手なのが「扇の羽」だから――まあ、あいつなら締めはそうすると思ってたよ。」


 そう言って笑う。


 それは弟の動きを理解しつくした兄の表情だった。


「それぐらいで?」


「サンケイの動きが分かってるからな、アイツならこうするってすぐわかるよ。」


「……やっぱり、大会出たほうがよかったんじゃないですか?」


 呆れたようにマギアが言った――心からの本音だった。

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