ある男の決意

「―――――ああっぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!あの糞モブぅぅぅぅぅうぅぅ!」


 『アプリヘンド特殊養成校』の学生寮の一室、休校中の真昼にもかかわらず、叫び声が響いた。


 苦悩と苛立ちに満ちたその声は、まるで持ち主たちの苦境を示すように震え、苛立ちと絶望で悲鳴じみていた。


 寮の部屋で叫ぶ男、この次元に現れた別世界からの来訪者であるマゼンダ・ブロッサム――いや、桜 百さくらももは猛り狂った感情を抑えることもなく叫んでいた。


「クソッ、マジで最悪だ……!どうして俺がこんな目に……!?ああっぁぁ!」


 ベッドを強打する。苛立ちは消えない。


『本当なら、本当なら今頃俺が『姫』と一緒に甘いひと時を過ごしているはずだったのに……!』


 実際は現実はどうか。誰もいない部屋で何をするでもなく自分のベッドを殴りつけている――意味が分からない。


 こうしている理由も、あの計画が失敗した理由も、あの男に自分の立ち位置を奪われた理由も。


『あいつ……あの糞モブが前に出て来やがったのが悪いんだ!あそこで輝夜姫を守れたなら俺が……俺が英雄に、主人公になれたのに!』


 マゼンダが呆然自失といった様子で頭を抱える、苛立ちと不満を存分に含んだ雰囲気でテンプスへの憎しみをつぶやく。


「あの、あの出来損ないの欠陥品……!よくも俺の見せ場を奪いやがったな……!!死にぞこないの欠陥品の癖に、主人公である俺に……!!」


 彼の中で、テンプスは自分を救った男ではない、自分の得るべき称賛を奪い去った泥棒でしかなかった。


『あいつらもあいつらだ……さっさと負けやがって……俺のために生贄にでもなれよ!』


 内心で毒づく。


 ここには彼だけしかいない――食堂での用務員との交戦時にスワローの周囲にいた四人はひときわひどいダメージを受けて、いまだに意識が戻らない。


 当然かもしれない、周囲にいた生徒たちですら意識を失うほどの超音波を極至近距離で直接受け、意識を失ったのだから。


 特に首を絞められていた生徒はひときわひどく、目覚めた後学園にいられるかどうかもわからないという話だ。


 ――未来の話だが、彼らが起きるのはさらに翌日の昼のことだった。


「あいつら……俺の言うこと無視して勝手に動きやがって……あの糞雑魚を始末したくても出来ねぇじゃねぇか!」


 愚痴が口をつく――自分たちが彼に敵わないかもしれないということは考えない。考えるわけにはいかない。


 それを認めてしまえば、自分が主人公であることの根拠がなくなってしまう。


 彼にはもはやこの世界に来た時に得た補正によって作られた強さ以外に頼る物がないのだ。


「そもそも――そもそもあの妙な鎧は何なんだよ!?あんなの……あんなのゲームだって出てきてない!あんなの知らない!DLCでも配信されてんのか!?」


 彼は決してゲームを隅から隅までやりつくしたわけではない、アニメの方だって全て知っているわけではない、覚えているのはアマノに関わる部分だけだ。


 だが、あんなチートインチキじみた装備が存在しなかったことは知っている。


『あんな装備ありえない!なんでイベントボスの『大鬼』が倒せるんだよ!あれが倒せるのは今の進行度だとアマノかマギアだけだろう!?』


 わからない、意味も状況もあの男も――


「―――――ああっぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!あの糞モブぅぅぅぅぅうぅぅ!」


 ベッドを強くたたく――ベッドがきしみあがって壊れかけていた。


 その様子に、懲りた様子は一切感じられない。


 実際、彼は全く懲りていない。自分が悪いなどと考えていない。


 彼は自分が被害者であると信じてやまない。


 何故なら、彼からすれば現状は『主人公が動いていないのに勝手にゲームが進行しているバグ』だからだ。


 彼の中ではここはどこまで行ってもゲームでしかないのだ。


 憧れの女子が自分の目の前に現れているゲーム。


 アマノの存在を現実と扱いながら周囲の存在をそうだと認めない彼の思考は歪んでいて――悲しいことに別世界の住人にありがちな思考だった。


『くそ、くそ!アマノ……アマノ……!』


 彼の脳内にあるのはアマノだけだ。


 彼女の存在だけが彼にとって意味があることだった。


 それ以外はどうせゲームをクリアすれば喜ぶ人形だ、どうなってもどうでもいい。


 だからこそ、彼にはこの状況が我慢ならない――


『――いや、いや待てよ?そもそもアマノはあいつの『ヒロイン』になってるのか?』


 それは天啓のような閃きだった。


 当然のことだが、テンプスはプレイヤーではない。


 転生しているにしてはあまりにも不思議な動きをしすぎている。


 つまりアイツはNPCだ、だとしたら――助けてもフラグが立たないのでは?


 フラグさえ立っていなければ――まだ挽回できる。


『そうだ、アマノとのイベントは復讐を手伝うことでしか進行しないんだし――』


 それを手助けできれば自分の立ち位置を再構築できるのでは?


 そのためにはテンプスが邪魔だが――


『あいつのルートだと次はあの『二人妖婆』だ、魔術に耐えられないアイツなら確実に死ぬはず――よっし、次は確実にイベントをものにするんだ!』


 彼の中に宿った希望は彼にとって都合のいい思い込みだったが――彼にとってはそれは真理につながる一本道だった。

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