悪あがき

「――!?」


 老婆の耳に届いたのは、聞こえるはずのない声だった。


 それは先ほど爆炎の中に埋まったはずの男の声、こちらを追い詰める身の程知らずのクソガキの声。


 ありえない、と考えている老婆の耳に今度は轟音が響いた。


 ガオン!ガオン!


 今日一日で聞き飽きるほど聞いた轟音が自分の後ろから響いたことに慄いた老婆が身をすくめるのと、自分の肩に穴が開くのはほとんど同時だった。


「あぎゅぅうぅ!」


 悲鳴が響く。腕が蠢動し、アマノの首から離れた。


 老婆の声で放たれるそれは、どこか悲痛で、けれどわざとらしく厭らしい響きを伴っていた。


 開放され深く呼吸を吸うアマノに視線を向けてからテンプスは相手に向かって口を開いた。


「うるさいよ、お前の体なら、その程度の穴すぐに埋まるだろ。」


「ぎぎゅ……おまえぇ……?」


 老婆が即座に振り向いた。


 そこには――燃え盛る小屋の破片を背にして、先ほどの鉤爪のような物体を老婆に向ける紫の鎧の姿があった。


「――おまえ……」


「さっきぶりだな、婆さん。もう一度聞くが、お前、人の後輩に何をしてる?」


 フェーズシフターを構え、泰然とテンプスが老婆に向かって歩く。


 その動作には一分の乱れもない。先ほど爆発に巻き込まれ、周囲の土砂につい先ほどまで埋まっていた人間とはとても思えない。


「なぜ死んでないんだ!おまえぇ!お前は死んでなきゃダメだろうぉぉぉ!」


「あまり舐めるなよ、老いさらばえた枯れ枝め。あの程度の爆発で死ぬものかよ。」


「ふざけてる!一ダースの爆弾だよ!城だって壊せるって量らしいじゃないか!」


「じゃあ、僕の鎧が城よりも頑丈なんだろうよ。」


 何でもないようにそう言った。


 実際、彼の鍛え続けたオーラの力をフルに使えるこの鎧が現在この世にある砦や城程度に劣るはずはない。


 これでもかなり無理をしてこのレベルになったのだ、そうやすやすと死ねない。


「生き埋めになったろう、私は、私は見たんだ!」


「あの程度の拘束は僕の行動を止める足かせにはならん。」


 これは――少しばかり、嘘をついた。


 何もしなければ確かにあれから脱出するのは少しばかり手間だっただろう。


 ただ、彼には『前兆の予知』とでも言うべきパターンを見破る能力があった。その能力が囁くまま、彼はブースターの一枚を切り、体に『開放のパターン』を刻んだ。


『スカラ・アル・カリプト』の基本的な装備の一つであるその力はあらゆる拘束から彼の身を自由にする力を与える。


 体を砂に埋められ、身動きができないという状況こそがこの力が何よりも十全に力を発揮する状況だった。


 あらゆる拘束がない物であるかのように体が土を透過し、彼の体を地上に導いた――まあ、土の中を泳ぐという理解不能な状況で少々足踏みはしたが。


「ありえない……あり得るわけがない!あれは私が苦労してあの偉そうなガキのところから盗んできた逸品だよ!あんた如きに耐えられるはずが――」


『偉そうなガキ……ああ、ジャックか。契約が執行されても僕は道づれってか?アイツも大概だな。』


 内心で苦笑しながら、相手を見つめる。いよいよ大詰めだ。


「テンプス……さん。」


「やぁ、どうも。会うたび会うたびピンチだね君は。」


「……お見苦しいところを……」


「責めちゃいないさ、それなりの理由があるのは分かる」


 実際、彼女の置かれた状況で人を救って、敵を倒してなど、多岐にわたることをすべてこなすのは無理があるだろう。


「――!武器を捨てな、さもないと爆弾を――」


 思い出した様に叫ぶ老婆にテンプスは射口を離すことなく答えた。


「もう壊した。」


「――はっ?」


「あんたを撃った時に狼の方もついでに撃ってある、右側の足を同時にぶち抜いた、もう歩けんよ。」


 驚いたように後ろを振り返ってみれば、両足を打ち抜かれたらしい狼が校舎の手前でうずくまっている。


「ギギギ……」


 歯ぎしりの音がした。老婆の口から洩れていることは言うまでもない。


「さて、虎の子の爆弾はあれで品切れだろう?次の手品は?ああ、あのくだらない入れ替わりの術は使うなよ、もうお前の逃げられる場所は把握してある、逃げられんぞ。」


「ギギギッ……いけ、駄犬共!食い殺せ。」


 叫んで腕を振れば、彼女とテンプスの間に百匹はいそうな狼の群れが現れる――なるほど、ろうそくの最後の抵抗にはちょうどよかろう。


 数で攻めるのは実際有効な手だ。


 戦争は彼我の

戦力差が絶大であればあるだけ早く決着がつくし、数がいればできることも増える。


 実際、地面に屈みこむアマノも手が足りずにこんなことになっているのだ。


 とはいえ――それは彼我の間に力量差がない場合の話だ。


 この状況で何匹狼が来たところで、テンプスは揺らがない。


 叫びながら獲物に飛びかかろうと距離を詰める狼たちに動揺することもなく、彼は自らの腰に手を当てると、腰部の鎧が変形し、勢いよく金属板を差し出すように展開した。


 ブースターだ。


 これが鎧の機能の一つだった。


 フェーズシフターは鎧と密接な関係があり、鎧の機能を補佐したり、あるいは鎧そのものの形を変える事すらある。


 そして、逆もまたしかりだ。


 鎧側はフェーズシフターが最も扱いやすいように設定され、オーラを鎧の形に変換している。


 ブースターを蓄え、望むタイミングで願ったものを展開する機能もその一つだ。


 まるで助手から渡された仕事道具のように手のひらに収まったブースターを即座にフェーズシフターに装填、引き金を引いた。


 ガガガガガガガオン!


 轟音がした。


 まるで七つの砲身から同時に放たれたような一撃は実際、を射抜いていた。


 それはテンプスの周囲に展開した六つの水晶の破片によって行われたことだ。


 彼が引き金を引くと同時に、まったく同じ攻撃を異なった標的に向けて放ったのだ。


射撃コンイエク卜ゥスのパターン』


 ジャックとの戦闘時に使った『斬撃テムノーのパターン』と同じ戦闘用のパターンはその力を遺憾なく発揮した。


 彼が引き金を引くたびに七つの標的が沈黙し、地に伏せる。


 老婆も、アマノすら唖然とする中、テンプスはひたすら引き金を引き続けた。


 十五回目の轟音が響いた時、そこには百頭いたはずの狼の存在を示す物は何も残っていなかった。

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