終わりのラッパ

 頭上に空いた穴から差し込む昼の日差しを受けながら、男たちは対峙している。


 片や紫の鎧を着込み、片や用務員の制服である青いつなぎ姿だった。まるで何かの劇のような様相だったが、彼らの間にあるのは明確な殺意とそれを追い払うような気迫による緊張感だけだ。


 スワローがアマノ達を追いかけなかったのは、彼女たちへの愛情よりも、この男に対して持つ恨みが強かったからだ。


 この男は自分の計画を――自分たちの計画を散々邪魔をした。自分を追ってくるであろう代行者を食い止めるためにも金が必要だったのに……?


 そこまで考えてスワローは疑問を持った――誰が追いかけてきて、一体何に金が必要だったのか?


 それはわからなかったが、この男が気に入らないのは事実だ。それよりも気にすることなどない。


 アマノがはしごに続く扉を閉じるのと二人が動き出すのはほとんど同時だった。


 先手を取ったのはスワローだった。


 何時の間にやら足元に無造作に散らばっていた槍の一本を、足を器用に使って跳ね上げ、その手に収めると――叫んだ。


「―――行け、犬ども!!」


 絶叫。


 瞬間、どこからともなく現れた『三匹の狼』がテンプスに向かってその牙を光らせながら襲いかかった。


『――また召喚か。』


 それは先ほど争った鬼と同じ挙動だった。


 彼の体に魔力は流れていない――だが、体は魔力で構成された謎の生物は、彼の命令に従ってテンプスに襲いかかってくる。


『何なんだ?いったいどんな能力がある?』


 彼が兜の内側で眉をひそめていても、狼の動きは止まらない。


 先頭の一匹が首を狙ったのだろう、思い切りのいい踏み切りとともに飛び上がり、その恐ろしい口を横にして、鎧の隙間に差し込もうとした。


 ガチン!


 と硬質の音が響き、狼の牙が鎧に当たった。


 ついで追いついた二匹も各々膝と内ももにかみついた、いずれも太い血管や人間の動きの上で必要な器官を狙った動き、なるほど、狩を行う肉食の生き物らしい動きだった。


 噛みついたままの狼が唸り声をあげて顎に力を籠め、獲物をしとめようとするその奥、スワローもまた別の動きをしていた。


 腹から何かを持ち上げるように自らの腹部を強打した彼は、吐瀉物でも吐くかのように、それを吐き出した。


」だ。


 何と驚くべきことか、この男は口から火を吐いて見せたのだ。


 勢いよく吐き出されたその熱の塊は、勢いよくテンプスに向かって飛び――そして直撃した。


 一瞬にして、彼の体は狼もろとも炎に包まれた。


 これは『火吹き』の妖術で作られた、妖の炎だ。


 それはまるで人をたいまつにしたかのように煌々と燃え、じきに骨すら残さずに燃え尽きるだろう。


 喉と口が少々焼けるがじきに治る、ささやかな代償だ――しかし、自分はなぜ先ほどこの術を使わなかったのだろうか?


 そもそも自分はいつからこんなことが――?


 頭痛が襲う、最近頻繁だ。それが収まった時には悩みは消え去っていた。


 どうでもいい、アイツは死んだのだ!その光景を想像して、スワローは笑った――自分に逆らうからこんな目に遭うのだと、心の底から信じていた。


 赤々と燃える炎を眺めて笑っていた彼は、手に持った槍を一瞬眺めて、こんなものを使うのが間違いだったと鼻で笑い、地面に放り投げ――


「――これでお前のターンは終わりでいいのか?」


 ――そんな声が炎の中から聞こえた。


 ありえない。と思った。


 それは彼の――いや、『彼ら』の共通認識だ、町一つ灰にするほどの熱量があるこの炎に人間では勝てない。


 そのはずなのに――


「じゃあ次は僕の番かな?」


 そう言いながら、炎の中からガチャンガチャンと鉄靴の音が響いた。


 炎の中から現れたは傷はおろか、煤一つついた様子のないその姿はまるで先ほどまで寝ていた人間が自室からでてくるかのような 気軽さだった。


 スワローの顔が瞬くほどの間で表情を変えた。


 その時の表情の変化は見ていて少し愉快だったとテンプスは語る。


 喜色満面の笑みだったはずの表情から一瞬で青白くなるのはなるほどちょっとした奇術を見ているようだった。


「――ぎぎゅ……」


 スワローの口から追い詰められたとき特有の異音が漏れる。


 彼には理解できなかった、なぜこいつが生きているのか、なぜここにこいつがいるのか、何もわからない――が、こいつが今から自分に攻撃してくるのは分かった。


「――いけぇぇっぇぇっぇ!」


 叫ぶ。


 瞬間、目の前に数十頭の狼がまたしても突如として現れ、テンプスに向けて殺到する。


 先ほどと同じように首に、腕に主要な血管の通る部位に牙を突き立て――


「やめとけ、君らが怪我するだけだぞ。」


 ――られない。


 深紅の鎧――『プルート』から頸当ゴージット・プレート草摺タジットまで追加された『ドレットノート』は高々狼の牙では砕けない。


 平然と狼の群れの中を歩く。


 振られる腕や足に歯が立たない狼たちはその場に置き去りにされ、後ろから無駄な挑戦に挑みかかった。


 おそらく、自分が今まで生きてきて目にした中で、この鎧に何かしらダメージを与えられるのはマギアの隠し玉だけだ。


『無駄なことを……』


 そもそも、こいつの隠し玉であろうあの『火』が通じなかった時点で、この狼たちの攻撃も通じないと分かりそうなものだが。


『いや、こいつにそれは無理か。』


 そもそも、こいつの攻撃はいつだって計画性がない、夜の分も朝の一発もテンプスを偶然見つけたから行ったこと、いつだってこいつの攻撃は散逸的で追い詰めるに足らない。


 だから、槍だって持ってこれない、偶然でしか行動しないから箒なんてものを使う羽目になる。


 おびえながら後ろに後ずさる猿のような男に向かってじょじょに歩みを早める。


 追い詰める、少しはあの女子の絶望を味わえばいいと思った。


 ゆっくりと後ずさる男だったが、その終わりは案外あっさり来た。


 部屋の端にたどり着いたのだ。


 壁に体を押し付けながら彼は慄いたようにこちらを見ている――これが、あの少女がこの男を見るときの視線だったのだろう。


 その姿を見て、子供の時に聞いたおとぎ話を思い出した――何かが終わるとき、終わりを告げる天使が舞い降りて終わりのラッパを吹くのだという。


 今ここにはいないようだが――


『――なら僕がやるか。』


 あの子の絶望も――この男のうらぶれた夢も、すべて。


 終わりを告げる天使がラッパを鳴らすときが来たのだ。

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