過去の過ち

 爆発すら抑え込み、傲然と立ちはだかるテンプスはまるでそそり立つ壁のように見えた。


 気の抜けるような挨拶と共に現れた自分より年下の先輩を眺めてアマノは茫然と声を上げた。


「何故ここに……」


「足跡を追った。アイツの足跡は分かりやすくて助かるよ。」


 何でもない事のようにテンプスが告げた。


 それが熟練の斥候でもできない事だと知っているアマノにしてみれば、それは十二分に驚くに値することだったが、そんな話をしている場合ではない。


「ご助力感謝します。さすがに危険でした。」


「いいさ、ただ――その子か。」


 アマノの腕の中が彼の鎧の『視界』に映っている、そこに居る震える少女は覚えがあった。


「サラ・ザルリンドか。」


「ご存じでしたか。」


「大図書院で二回だけ見かけた。」


 去年の事だ、学期の中ほどで消えてしまった女の子。


 自分ほどではないが、何度か自分の物であろう道具を手洗い場で洗っているのを見かけた――たぶん、碌な目に遭っていないんだろうと考えていた。


 だから、やめたと聞いた時も驚かなかった。むしろ、逃げられるのなら逃げてしまえばいいと、歓迎すらしていた。


 それが――なぜだか此処にいる。


「ああ、なるほど――」


 つまりこれは、自分が去年見過ごしてしまった罪なのだ。


 彼は物事のパターンが読める。ただその力はいつだって向けるように考えなければ強くは働かない。


 彼の能力は有用だったが、親しくない人間の悲劇を見破るのには――実力は届かなかった。


 その結果がこれだ。


「わかった、上にマギアがいる。その子を連れて逃げろ、僕は――」


「――ゲゲッ!」


 瞬間、殺気が膨れた。


 ヘドロのような声を上げて、男の手から錆びた鉄の槍が放たれた。


 それは壊れた武器をこの倉庫の地下に捨てていた頃の遺物だ。この国ではずいぶん前からごみを捨てるのも金がかかる。


 放たれた鉄の槍は箒とは比べ物にならない破壊力を伴って撃ち出され、回転と速度でもって相手を貫こうと空気を切り裂きながら直進してきた。


 完璧なタイミング、相手の不意をつくいつもの一撃――箒は防げてもこの一撃は防げない。

 スワローは確信していた、この一撃はこの男を殺せると。口も元がにやけるのを彼は感じた、そして、その感情に逆らわずに従った。


 こいつが死ねばいよいよアマノだ、なんなら死体を――などと考えている彼はひどく醜悪だった。


 まあ、世の中そううまくもいかないのだが。


 ギャリッ!


 その音は彼の着込んだ鎧から響いた音だった。まるで鎧を削るようなその音は、ともすれば、鎧が破られたように聞こえたが、実際はそうではない。


 触った瞬間、鉄の槍が鎧の表面を滑るように


 それは接触の瞬間に鎧表面に浮いた幾何学の文様の効果だった。


 あらゆる遠隔攻撃をそらす『逸らし』のパターンの効果だ――この鎧、『ドレットノート』の力だった。


 スカル

 眉庇バイザー

 面頬ベンテール

 頸甲ゴージット

 頸当ゴージット・プレート

 肩当ポールドロン

 胸当プレスト・プレート

 上腕当リヤープレス

 肘当コーター

 腕当バンプレス

 手甲ゴーントリット

 腰当タス

 草摺タジット

 腿当クイス

 膝当ポレイン

 脛当グリーブ

 鉄靴サバトン


 の形の中でもっとも堅牢であり。並大抵の攻撃では小動もしない。


 他人と他人のもめ事の間に入り込むのにこれほど役に立つ姿もない。


 その力は――今見せた通りだ、この男の攻撃ならば封殺できる。そのためにこの形にしたのだ。


 驚きで固まるスワローをしり目に、何事もなかったかのようにテンプスが語る――


「――去年の清算をしてから行く。」


 険しい口調で告げる彼に、一瞬だけ沈痛な視線を向けたアマノはそれを打ち消すように軽い口調で告げた。


「あら、譲っていっただけるのでは?」


 その一言に、兜の内側で眉を上げたテンプスは一言。


「その子がいなけりゃそうしたが……連れたままは戦えんだろ。」


「貴方が連れ――いえ、失言でした。」


 アマノの口調が沈む、自分の提案が、腕の中の少女にとって決していい物ではないことに気がついたのだろう。


 男に……もてあそばれた人間だ、男に触れられたくはあるまい。


 これはそう言った配慮だった。


 それに――去年、彼女を見つけられなかった男に危機を救ったという栄誉を受ける資格もないだろう。


「鋏はあんたに譲るよ、男はこっちにくれ。」


「……わかりました、ですが――」


「あんたの分も殴っとく。」


「――感謝します。」


 そう言って立ち上がる彼女を『視界』で確認しながら、相手の方を向き直る――『視界』には収めていたが、この男に反応するのはこの部屋では初めてだった。


「ぎぎゅ……貴様……」


「――よぉ、色男、人様の娘に手出ししてご満悦か?」


 その声には怒りはない、あるのはただひたすら続く軽蔑と敵意だけだ。


「……なぜ生きている……」


「お前の差し向けた大き目なお友達が食堂で消えたからだろうな。」


「……いつもいつも役に立たない奴らめ……」


 言いながら煩わし気に顔をゆがませる猿のような男を眺めながら、テンプスは相手の体を探る。


『視界』に移るのは彼の体だ――先ほどの異常な腕の長さをうかがわせる身体特徴は見られない。


『……隠し玉がさっきのだけならいいがな。』


 ゆっくりと構える――この姿なら大体は対処できるが、なんだかんだと言ってこいつも転生者の器だ、何をしてきても不思議ではない。


 紫に染まったフェーズシフターを片手に、紫の鎧を着こんだテンプスはいつものように構えを取った。





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