不審/逃走
蹴りの衝撃で結晶体が砕けた。きらきらと光を反射する破片の中から現れるのは烈火と夜の鎧だ。
『あいつ――蹴った時の反動まで異常とは……』
まるでゴムまりでも蹴ったような違和感のある蹴り心地だった、少なくとも、生き物の肉を蹴った時の感覚ではない。
兜の裏で顔を顰めたテンプスは蹴り足の反動を使い、体をさらに半回転、姫君のように抱えたマギアをそっと元の場所に下ろす。
「ふへ?」
地面に足がつく感覚と共に、停止していた思考が再び動き出したマギアが妙な声を出すのと、テンプスがフェーズシフターの引き金を三度引くのはほとんど同時だった。
ガオン!ガオン!ガオン!
立て続けに三度鳴り響いた轟音は音もなく空を切って殺到してきた箒を撃ち落として見せた。
『まともな人間ならしばらく悶えて動けない威力のはずだが……』
やはり、何かしらからくりがあるらしい。
考えるのと前進はほとんど同時に行われた。
どこか呆けたような様子のマギアを置き去りにし、三歩分を一足で詰める絶大な脚力を利用し、倒れ伏した生徒のもとに駆け寄り、忍び寄る蛇のように素早く動き倒れていた生徒に向かって伸びる腕を双手で打ち払う――なるほど油断も隙もない。
「マギア!」
「――ひゃ!んんっ……わかってますよ。」
次の瞬間、パチンと指を鳴らす音と共に魔力の対流が生まれたのを鎧の『視界』は捉えていた。
一瞬遅れて、倒れた生徒の体を覆うように目に見えない半円形のドームが形成される。
そして、それはあの色物五人衆を含めた野次馬全体の下でも起きた現象だ、すでに失神し、地面に伏せていた彼らの周りにも魔力の覆いが施されている――これで、後顧の憂いは断たれた。
さらに三度飛来する箒を撃ち落としながら、彼は滑るように非常口を超え――
『!』
――られない。
扉をくぐろうとした直後、突如として現れた巨大な何かに、強い力によって食堂に押し込まれてしまった。
その巨体では扉を通れなかったらしいそれは、壁を砕くほどの膂力でもって押し込まれたテンプスはとっさに真後ろに跳んだ。
凄まじい力だ。ただの体当たりで学園の魔術処理済みの壁をぶち抜くだけはある。
体を空中で猫のように回転させたテンプスは、机で出来た告白用の台の上に足から着地した。
突然の奇襲に目を見張りながら、相手を見つめる。
そこにいたのはテンプスよりも頭二つ分大きい――
『――こいつは――』
「――鬼?」
後ろで、アマノの声が聞こえた。
赤い体に二本の角――なるほど、これが鬼か。
タロウ何某を助けた時に出会った白い鬼との違いにいささか驚きながら、テンプスはそれよりも重要な事に意識を巡らせていた。
『――どこから出て来た?』
そこだ。
当然ながらこの学校に鬼の生徒などいない、あれは東の国の固有種だ、こんな所にはいない。
そして、テンプスの『視界』はこの生き物が『何もないところから突然現れた』ことをしっかりと見届けていた。
『召喚?いや、そんな高度な魔術、あの男には使えん、そもそも、また魔力の動きが見えてない……』
意味が分からない。一体どんな手品ならこの巨体を誰にも見つからずに隠せるのだろう?
『今回の事件はつくづく謎まみれだな……』
のっしのっしとこちらに向かって来る赤色の大男に胡乱な視線を向けながら、テンプスはいよいようんざりと閉口しながら、鬼の後ろに視線を向ける。
『――逃げる気か。』
そこには、這う這うの体で体を動かし――その動きも猿のようだ
――この場から逃げ出そうとしている用務員の姿がある。
『学園から逃げられると面倒だな……』
すぐにでも追いかけたいところだが――目の前の鬼の都合上、そうもいかない、これをどけなければどうにもならない。
「――アマノ、マギア。」
「なんです?」
「なんでしょう。」
「用務員が逃げる。君らで追うと良い、僕はこっちの大きなお客さんのお相手をする。学園外に逃げられる見つけられん。」
「……よろしいのですか?追い詰めたのは貴方ですが。」
「別に名声を求めても褒美を求めてもない、」
テンプスは振り向いてアマノを見た。
その目は兜の裏側に隠れて何を示しているのか読み取ることはできない、ただ――アマノにはなぜか、それが激励に見えた。
「――これはあなたとあなたの契約者の報復だろう?」
そう言って、見えない霊体を見ようとするように視線をさまよわせて――結局見えなかったのか、あきらめたように前を向いた。
アマノはそっと傍らの契約者――小さな雀の娘を見る。
無残にも殺された少女、いまだに、話すことすらできない。
この少女の無念を晴らすのが自分の務めだ。
「――ええ、ご配慮ありがたく。」
「いいよ、行け――マギア、適度にやれ、校舎は灰にするなよ。」
「はいはい――帰りなんかおごってくださいね。。」
「無理だ、財布が死んでる。」
「甲斐性なし。」
「君が食いすぎなんだよ――行け。」
告げると同時に、二つの影が同時に非常口に向かって殺到した。
片や空を飛び、片や地面を影のように滑って走る。
鬼はそれに反応し、双方を捕まえようと手を伸ばして――
「――ああ、失礼、あなたの相手は僕だ。」
――深紅の鎧に殴り倒された。
その隙に、二つの影が扉を抜ける。
双方が示し合わせたように二手に分かれ、すでに姿が消えた用務員を追うことを確認したテンプスは眉を上げて考える。後は――
「こっちの処理だな。」
ゆっくりと起き上がった鬼を見ながら、面倒くさそうにそう言った。
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