挑発

 結局、この男は自分の愛する者が他人の手に渡るのが許せないだけけなのだ。


 そして、これが老婆との共通点だ。


 老婆は金銭とそれを運んでくる老人を、スワローは自分の欲望を満たすための環境と情欲の対象を。


 それぞれ奪われないために他人を害する、それが彼らの特徴だ。


 テンプスは心底呆れたように彼を見つめて思いを伝えた。


「――別に、僕は人が誰を好きになるかに関して咎めるつもりはない。」


 それは本心だ、相手がどれだけ年が離れていても、愛が育まれるというのならそれはそれでもいい。


 無論、それを周囲が認めるかどうかは別だが――まあ、それは本人たちの事情だ。悪いことになることも織り込んで愛を貫くしかない。


「ただな――相手との同意が取れてないのなら、それは罪だ、年齢的にも道義的にもだ。裁かれる必要がある。」


 そう言いながら、傍らに視線を投げる――準備は終わったらしい。


 相手の注意はこちらに完全に向いている。このままいけば全員を助け、戦場がきれいに――


「ちがぅ」


 そう考えていたテンプスの耳にそんな声が届く――空気の振動パターンに乱れを感じた。


『――まずい。』


 何かが明確におかしい。それは空気の振動であり、同時に相手の纏う雰囲気だった。テンプスの中で培われた『秘密暴き』としての能力が囁く――これは攻撃の予兆だ。


「――マギア!アマノ!耳を塞いでしゃがめ!」


 叫びながら、腰についたブースターの束に手を伸ばす。


 男が叫ぶのと、同時にテンプスがブースターの発動準備を整えたのはほとんど同時だった。


「―――俺の愛は罪じゃなぁいいいいいい!」


 口から咆哮が漏れる――周囲のガラスを割り、大気を揺らし、周囲の生徒を失神させるほどの振動を放つ。


 これで相手を失神させれば、どんな相手でも倒せるはずだ!スワローは歓喜し、腕を伸ばそうと力を――


「うるさい。」


 ガオン!と再び轟音が響き、喉に骨を砕くほどの衝撃を受けて、絶叫は止まった。


「……!!」


 喉が痛みと同時にまひしたのだろう、何かを叫ぼうとして相手は喉を抑えた。


『――何だこいつ……今の攻撃はどうやった?』


 顔を顰めながら、不可視の盾――『障壁のパターン』の裏側でテンプスは顔を顰めた。


 周囲を見れば泡を吹いて野次馬たちが卒倒してた。


 意識があるのは直前の警告で地面に伏せていたマギアとアマノ、自分の後ろにいたマゼンダぐらいだ。それ以外の人間は大概失神しているか、意識も虚ろにふらついている。


 最も近くにいる首をつかまれた生徒に至っては耳から血を流して痙攣している――ますます、急いで助ける必要があった。


『呪声?いや、近場の奴から全員死んでるはず……単純な振動攻撃……ただ――。』


 つまり、こいつの攻撃は肉体の機能なのだ――だがどんな人間がこれほどの大声が出せるのだろう?


『時計使って一気に……だめだ、あの近さだと足元の生徒が確実に……』


 これが、彼がいまだに攻撃を行えない理由だった。


 強すぎるのだ、周りを巻き込む。


 制御そのものはできるが、あの男と戦いながら足元の生徒を庇うとなるとかなりの難易度だ。巻き込まないように扱えるかと問われれば、できるが――かなり難しいだろう。


 フェーズシフターで遠距離からとも思ったが、結局人質にされる危険性がある。そうでなくとも、あの男が彼に気を使ってこちらに抵抗してくるとは思えない。


 色物五人のところまで腕が伸びるより早く腕をぶち抜ける自信はあったが、さすがに足元の彼を完全に庇いながら遠距離では戦えない。


『……さっき、『殺傷リーサル』で喉をぶち抜くべきだったか?』


 左手の武器――『石弓』のフェーズシフターの威力は可変式だ。


 柄の一部、普段は中指に触れる部分に力を込めて、強く一瞬だけ触れることで石弓の威力を調整する。


非殺傷ノンリーサル』から『殺傷リーサル』へ。


 飛び出す不可視の弾丸――オーラの弾の形が変質し、礫から鏃に変わる。


 その威力はちゃちな鎧をたやすく砕く、人体などたやすく貫通する――先ほど彼を助けた時に撃ったのはこれだ。


 転じて、先ほど喉にぶち込んだのは『非殺傷ノンリーサル』だった,物体を破壊できるが人体を破壊しないオーラの礫だ、稲妻を帯び、弾着と同時に対象に溶ける礫は、体を麻痺させる電気と衝撃を与える。


 これを使ったのにも相応の理由がある、殺しておけば人質の心配などないのだが――


『器物の場所が分からん……老婆に逃げられるわけにもいかんしな……』


 そう、彼はこの男を殺せないのだ。


 この体に直接、霊体が入っているわけではない。どこかに器物がある。こいつが持っているのならいいが、そうでなければ、老婆を取り逃がすことになる。


 それは避けたい――どうしたものか。


 傍らに視線を投げる――マギアはまだ頭を振っている。魔術は使えない……


『――――――引き寄せるか。』


 脳裏に無数のパターンを描く。このまま攻撃、マギアの復帰を待つ、時計をここで使用――却下、どれも望む結果にならない。


 必要のないパターンを破棄し、彼が行きついたのはある一つの方法だった――少々、後の人間関係に影響が出る危険性があるが……まあ、命には代えられない。


「――マギア。」


「……はい?なんか言いました?」


「ちょっとごめんな?」


「へぁっ?」


 そう言って、彼はフェーズシフターを持つ左腕でマギアを抱き寄せた。


「ぴぃ。」


 と、小鳥のような鳴き声を上げて腕に収まった彼女を強く抱きしめ、用務員に向かって微笑んで見せた。


「   」


 テンプスが何と言ったのか、マギアには聞こえなかった。わかったのは彼に抱き寄せられている事と思ったよりもいい香りがすることだけだ。


 テンプスが何かを言った瞬間、状況が激変した。


「――――――――ギザマァァッァァァァァァァァッァ!」


 絶叫、喉の痛みは忘れてしまったかのような大音量が相手の口からほとばしった。


 怒り狂った用務員が位置の優位を捨てて飛びかかって来る――計画通りだ。


「――コンスタクティオン コンストルティ コンストラクション、我が求め訴えに答えよ――」


 この行動はすでに予想済みだ――この動きこそが計画だった。


 そもそも、一緒に歩いて歓談しているというだけで暴走しているような男だ、を言われて、我慢などできるはずがない。必ず、殺しに来ると思っていた。


 その上で、箒による遠距離攻撃はフェーズシフターで防がれる、腕も同じだ、であるなら――直に殺しに行くしかない。


 そう思わせるための作戦だった。


 右手の時計の竜頭を時計回りに一周させて、強く押し込む。時計の内部機能が変わり、ガチッと音を立てて文字盤が開く。ひどく小さい機械の寄せ集めは、以前使われたときから再び空気に触れるのを心待ちにしていた。


 無数の溝の中心に輝く水晶が、常人には聞こえないひどく小さな唸り声と、誰にも悟ることのかなわない力をまき散らしている。


『――構築constructione


 テンプスの体に何かの文様が刻まれ、透明な結晶体であるオーラの塊が現れて、彼を包んだ。


 しかし、用務員はそのようなことを気にしなかった。彼にとって重要なのは自分の愛し子を自分から奪う不埒者の死だけだ。


 箒をベルトから引き抜きながら、彼は風のようにテンプスに飛びかかった。その動きはさながら獲物に襲い掛かる猿だ。


 箒がテンプスの体に触れる瞬間、マギアを姫君のように抱えながら体をぐるりと回転させたテンプスが強烈な後ろ回し蹴りを放つ。


 その蹴りは狙いを過たずに用務員の体を打ち据え、彼を出て来た非常口の先までたたき出した。

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