知りたくない事実

「僕の部屋に嫌がらせがあった時、僕はてっきり嫌がらせをした奴らが鍵も開けたんだと思ってた。」


 それが当然だとも思っていた、嫌がらせをするため扉を開ける。


 だが、それではつじつまが合わない。


「僕の部屋を僕以外の誰かが開けるためには鍵が必要だ。そして、学園側は問題を避けるために、絶対に賄賂が効かず、管理もできる装置に入れた。学生には取り出せない、だとしたら、鍵を手に入れるにはあんたから手に入れるしかない――」


 だがそれには違和感があった。


「だが、。ジャックの時はされてないんだから。」


 思い返すのはあの人品賤しい男が行ってきた数々の嫌がらせ、付け回しについてだ。


 あの時の「いたずら」は研究個室の入り口の扉にまで手が伸びていたが内部は無事だった――その後にせよ、その前にせよ、あの人品賤しい剣豪がカギを手に入れようとしていないとは思えない。


 つまり、手に入れようとしたができなかったはずなのだ。


「金を積んだのに、あんたはジャックの申し出を断った、なのになぜ今回は手を貸す?」


 金は明らかにジャックの方があった、なのになぜか彼の誘いを断り、より損な方に手を貸した。


 彼の中にいるもう一人の行動基準ではありえないそう考えたが、単純に考えれば一発だった。


 簡単な話なのだ。


『それが起こりえないのなら起きていない』のだ。


 つまり、マゼンダは『鍵を開けさせたのではない』のだ。


 では、なぜ鍵は開いていたのか?


 これも簡単だ。『やはり用務員が開けたのだ』そう考えるのが最もわかりやすい。


「あの日あんたがやったのは単純だ。『あなたが知る限り僕に恨みを持っているやつのところに僕の部屋を荒らす旨の手紙を置いて』、『僕の研究個室の扉の鍵を開けた』それだけだ。」


 単純な行為だった。ただ同時に嫌がらせとしてはこの上なく厄介だ――何もしていないせいで、この男を疑うことがない。


「文面はいろいろだ。相手が知られたくないことを探っているとか、僕に報復できるとか――いろいろだ。」


 そして、おそらくその中で自分の研究個室に入り込んだのがあの五人だった。


 他に送った奴は――たぶん、自分への報復を恐れたのだろう。


 何せ今のテンプスは『死刑台の悪魔』だ。目をつけられてジャックのようにはなりたくあるまい。


「そこで寝てるマゼンダ君も入り込んだようだが、こっちは偶然だったんだろう?たぶん、こいつは僕を探ってた――「これ」欲しさにね。」


 言いながら、彼は左手の武器を示す。


 図星だったのだろう、背中の方で息を飲む気配がした。


「僕について探ってたらあんたが扉の鍵を外すのを見た。それでもぐりこんだ。」


 結果は――言うまでもない、失敗だ。


「結果的にはマゼンダは何もしなかったし、ほかの五人も下らないいたずらだけだったが、あんたにはどうでもよかった――気に入らないならもっとやるだけだからだ、そう考えていたら僕が全然関係のない生徒ともめているのが見えた。」


 それはおそらく二階の廊下を歩いている時だったはずだ。ふと目線を送った外の光景に目を奪われた。


「そこで気がついた、ああ、ここで狙えば殺せるかもと。」


 だから、箒を投げた。


「実際、危なかったよ、急だったからな。」


 だが失敗し、そのために苛立ちを募らせて、いかなる方法かはわからないが、自分の後ろに回ってもう一射――おそらく、ここで彼の箒のストックが切れた。


「だから、あの日の攻撃は二回だけだった。弾がなかったんだよ。」


 箒を集めることはできない――突発的に撃ったからだ。


「昨日の朝も――あれは多少頭を使ってたな。まさかを使って来るとは。」


 それがあの日の朝に起きた覗き事件の真相だ――つまり、あれは自分に『覗きの容疑を』擦り付けるためのものだった。


「あの学生証の機能は失効している、ただ、本体が消えて無くなるわけじゃない。そして、ただ落ちていて物を拾っただけの人間にそれが『いつの物か』は書いてない。」


 当然だ、あれ自体は硬い板に自分の情報を書いたものに過ぎない。


「去年の僕は物を隠されることがたまにあった。時々、溶鉱炉の中で物が見つかることもあった――そして、学生証には基本的に。」


 それがあの学生証だ、あれは『過去に捨てられたもの』だった。


「損傷が少なかった奴を使ったんだろう、焼却炉に入ってるごみは誰も確かめない――燃やす本人以外はね。」


 そして、これはある恐ろしい事実を示している――この用務員は彼の学生証を、ずっと持っていたことになる。


『まあ、たぶん――』


 自身のがばれそうになった時に自分を隠れ蓑にでもするためだったのだろう。


 何せ彼は――死刑執行人の息子だ。疑われれば逃れられない。


『妙なところに悪知恵が働く……』


 だが、その悪知恵が知性という形になることはない――


 基本的に、彼ら――用務員と老婆――は利口ではないのだ。


 そもそも、数百年も前の片田舎の老婆がまともな教育など受けていないだろう、当時は今ほど平和でもなかったのだし。


 そんな老婆や同じく片田舎で文字すら読まずに過ごしてきた男に考えられる計画は決して洗練されているわけでも、優れたものでもない――


 だが、今までの二人があまりにも嫌がらせや異常な能力に裏打ちされた犯罪に手を染めていたせいで、『転生者とはこういうものだ』というイメージができていたテンプスはそれを理解できなかったのだ。


 だが何のことはない――単純に考えればいいよかった。


 そうではないことは一つ。


「そこまで考えて、疑問に思った――何でそんなに気に入られないのか。」


 それは、彼を襲う根底の疑問。


 何もなしにこれほどの敵意を向けることはまずないだろう。


「で、あんたの資料を漁って気がついた――あんたは五年前に『女生徒に対する不埒な行為』で戒告を食らったろう。」


 その一言を告げるのとほとんど同時に腕が再び伸縮し、生徒をはじく際に落としていた箒を回収、そのまま、骨がないのではないかと疑うほどの腕のしなりでもって勢いよく撃ち出した。


 その速度は並の弓では出せないほどの速度――これならば人体は粉々に砕けるだろう。


「――テンプスさん!」


「先輩!」


 ガオン!


 後ろからかかった警告の声とほぼ同時に左手のフェーズシフターが唸る。轟音とともに箒が砕けた。


「――」


 視線に恨みと怒りが満ちた。


 なるほど、やはりこれは知られたくない過去なのだろう――そして、これが今回の『動機』だ。


「より正確に言うのなら、『一回生への過剰な接触と監視』だったか、これを見た時にふと思った――もしかしてこれか?って。」


 それは半分以上勘だった。


 ごく稀に降り注ぐ天啓のような霊感。彼はそれに従った。


「で、調べてみた――あんたが過剰な接触を行った生徒はみんな……あー……こう……それほど発育がよくなかった。」


 別に全く子供のように見えるわけではないが、周囲に比べれば頭一つ低い、一学年下でも通るような容姿の子たちばかり四人も苦情を出している。


「共通点はそこだけで――それを見た時になんとなくあんたが僕のことを嫌いな理由が分かった。」


 それは悍ましく、耳を疑う言葉だった。


「――あんた、子供にしか欲情しないんだろう?」

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