単純な事
「『スワロー・ミストスィザ』男、四十八歳、人間――亜人を含まない者を指す――既往歴、先天疾患ともになし。最終学歴なし。非識字者であり、刹那的な面が見える。」
それは目の前の男の来歴だった。
「アプリヘンド特殊養成校に八年在任、結婚しておらず両親もここには住んでいない、よって家族はなし。勤務態度は良好、実直で寡黙、在任以来一度も遅刻していない――大したもんだな、これに関しては素直に感心するよ。」
最も、遅刻しなかったのは職務に忠実だからではないが。
「教師からの評判もいい、仕事は学園の雑事全般、ごみの回収、校内の清掃、壊れた備品の交換、本棚・靴箱などのごく簡単な備品の製作、教室の扉や窓の破損などの突発的な修繕などなど多岐にわたる――正直、この広さの学園を一人でどうにかしているのは素直に感心するよ。生徒からの評判も良好……ただし一部の生徒からの苦情がある。」
これが、目の前にいる男だ。
顔こそ見えないが、襤褸切れの向こうから突き刺さるような視線が、それが当たっていることを物語っている。
「これがあんただ、だろう――用務員さん?」
そう言って襤褸切れの男を見つめる――その体から出る、感情の生理的パターンを見ていた。
目線が鋭く、こちらに注視している。
呼吸は荒く、肩がやや前に出ている――怒っている。
自分の秘密が暴かれたことに、この男に見破られたことに、そして――これほど多くの生徒の前で暴露されたことに。
「正直、初めてこの推理に行き着いた時は驚いたよ――あんたとはそれほど接点がない。」
事実だ、彼とは清掃時に顔を合わせることがいくらかある程度で本当に接触をした記憶がない。
強いて言うなら、どこかのあほがばらまいたゴミを彼と共に拾った記憶があるぐらいだ――その時は礼を言われる程度に友好的だと思っていたが。
「ただ、筋が通る――ずっとわからなかったんだよ、何で僕を襲ってきたやつは『箒』で僕に襲い掛かってきたのか。」
以前から何度も言うように、この学校には多種多様な武器が貸借用に幾多の武器がある、そんな中でなぜ箒など武器にするのか?
「――あんた、武器に触れなかったんだろ?」
これが答えだ、単純に考えればわかる――『使わなかった』のではなく『使えなかった』と考えればいいのだ。
「学校の職員でありながら、用務員だから触れなかった。この学校では武器の手入れは担当の教官と専門の業者がやる事になってる。用務員は触れない、触るための権限がない。」
だから、武器を使えない。彼に触れられて、それでいて武器になりそうなものはただ一つ――掃除用具だ。
「あんたは鍵にすら触れない、専門の職員が常に保持することになってるからな、だから、あんたは手近にある物を使うしかなかった。」
言いながら、襤褸切れの男を見つめる。
布の奥から降り注ぐ視線は相変わらず刃物のように鋭い、まるで探るように、見つめるその視線にテンプスは真っ向から答えた。
「それでわかった――いや、まあマギアが助言してくれないと分からなかったが。」
そう言って肩をすくめると、視線に殺意が混じる――やはり動機も想定通りのようだ。
「簡単だったんだよ、単純に考えればよかった。難しい動機なんてない、あんたが僕を狙った理由は――単に僕が気に入らなかったからだ。」
「――はっ?」
誰かが驚きの声を上げた。
実際、学園を紛糾させた事態の動機としてはあまりにも――浅い。
何せここはかなり名門校だ。訴え出れば騎士だって来るし、厳しい追及があるだろう、そうでなくとも人生を棒に振るかもしれない動機としてふさわしいかと言われれば首をかしげるしかないだろう。
「誰か驚いたようだが……でもこれが事実だ。気に入らないと思った原因はあるけど、襲おうと思ったのは『気に入らないから』ってだけさ。自分の顔の回りに羽虫が飛んでた、だから殺したくなった――それのすごく強い版。」
そう考えると納得がいくのだ――気に入らないという感情だけで動くから周到ではない。
「だから、計画は全部行き当たりばったりだった。唯一まともに考えたのは学生証の件ぐらいだ。」
それだって、実のところ彼が考えていたような理由ではなく使われたのだ。
「あの夜の襲撃も、思い付きだったんだろう?僕が他の生徒ともめてるところを見たから、「今ならやれる」と思った。武器を探そうと思ったが時間はないし、自分は触れない。だから、手に持っていた箒を投げた。」
大半の学生が頭に疑問符を浮かべる。当然だ、彼らの知らない話なのだから。――別にかまわない、必要なのは理解ではなく時間だ。
「学生証の件もそうだ。あれを置いたところまでは頭を使ったが、僕が持っているはず分まで気が回らなかった。」
だから、反論された。
それもまた、気に入らなかったのかもしれない。だから狙うことにした。
結局、すべては考えすぎだったのだ。
「僕が困るといいと思った。だから覗きの罪を被せた。」
被せてみたら、予想外に殺せそうな位置関係だった。
「だから狙った。」
しかし、外れた。
「だから追撃した。」
ただそれだけだ、罠でも何でもない。――ただ単に、嫌がらせと思いつきが重なっただけだ。
「それを僕が難しく考えすぎただけだ。」
馬鹿げた話だ――ただ、言い訳させてほしい。まさか、こんなに軽々しく人を殺そうとする人間がいるなんて、テンプスは考えたこともなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます