轟音 

 目の前にいる人物の風貌はなるほどなかなかに異様な姿をしている。


 ぼろ布をまとって顔と体つきを隠して、そこに立っているさまは子供の頃に母親が時たまやってくれた『幽霊遊び』を思い出す。


 白い布を頭からかぶり、まるで何かの化け物の様に扮するあれだ――テンプスでも共有できる、数少ない幼少期の思い出だ。


 あの陳腐な「お化け」に近い風貌の『それ』は、体から、何本もの箒をはやしていた――おそらくベルトに差し込んで固定しているのだろう。


『――体に異常は見られない、だとしたら……胴や手マギアの攻撃を?』


 思考に疑問符を浮かべ、それでも相手の観察を続ける。


 手に二本、体に六本。


 計八本――それがあの『男』の最大攻撃回数だった。


 襤褸切れの奥、隠された目から注がれる視線は敵意に満ちている――そりゃそうだろう、襤褸切れの男からすれば、テンプスは二度にわたって殺し損ねた男だ、見ていて愉快な気分にはならないだろう。


「会話に応じてくれる感じじゃないな。」


『そりゃそうでしょう……手伝いますか?』


「いいよ、自分で何とかするさ。」


 実際、そのための力は手の内にある。これまでの二度とは異なり、こちらから攻められる状況でもある、相手の正体も確信している――どうにでもなるだろうという確信があった。


 右手はすでに『時計』を握っている。できることなら、大勢の前でこれを使いたくはない。しかし、この男にはまだいくつかの謎が残っている。


『どうやって複数の場所から攻撃したのか……そして、どうやってマギアの『光』を避けたのか……』


 これが分からない。そうである以上、下手な出し惜しみはできない――ジャックの時とは明確に違う、これは正真正銘殺し合いになりうる戦闘なのだ。


 空気に異様な緊張が混じる――視線が待つ魔力がぶつかって、異様な力のパターンを示しているのをテンプスの目が捉える。


 男が手指一本一本に力を籠める――明確な投擲の合図。


 テンプスもまた、腕を持ち上げて、鉤爪の突端を相手に向けて、迎撃の用意を整える。


 相手の腕に力がこもるのを見て、引き金に指を――


「――動くな!」


『!?』


 ――かける瞬間に、突然上がった声が行動を邪魔した。


 見れば、相手の周囲を見覚えのある生徒たちが囲んでいる。


『あれは――』


「あいつら!なんで……」


 その顔を見ながら記憶を手繰るテンプスの後ろでマゼンダが声を上げる――彼にとって、その場にいるはずのない人間たちだったからだ。


『――あれ、マゼンダと同じ転生者連中では?』


「ああ……てっきり来てないのかと思ったが。」


 それは接触の薄い五人のうち、マゼンダを除いた四人だった。


 各々、物々しい武装と共に襤褸切れの男を囲んでいる。


「お前はすでに包囲されている!」


「武器を……ぶき?を捨て、その場に腹ばいになれ!」


 各々が叫ぶ内容は、学園の実習で習う逮捕の基本的な流れだ。


 対象を囲み、相手の武装を解除、無力化の後、拘束。


 抵抗してきた場合は数で押す。


 それが基本的な確保の手順だ。基本に忠実であり、実績もある一般的な犯罪者であればそれでいいのだ――一般的な犯罪者であれば。


 まずい、とテンプスが思ったのと状況が変わったのはほとんど同時だった。


「いいか、動くな―――!?」


「――うるさぃ!」


 突如として襤褸切れの男が叫ぶ――その声はどこか狂気じみて聞こえた。


「――く、来るぞ、だ!構え――」


「うるさぁぁぁぁぁぃ!」


 叫び、腕が


『――!?』


 一瞬、すべての人間の動きが止まる。それは――あまりにも異常な光景だった。


 人の腕が、まるで意志を持つ生き物のようにのたうちながら数倍に伸びたのだ。


「はっ、早――」


「全然防げねビィ!」


「こ、こんな強いなんて聞いてね――」


「う、うわぁぁっぁあっぁあ!」


 その腕は今までのすべての動きが緩慢に見えるほどの速度でもって、周囲にいた四人の生徒を弾き飛ばして最後の一人の首をつかみ上げた。


「ごっ ぉぉ……」


 空気が詰まったような音が喉から漏れた。喉がつぶれて気道がふさがったのだろうと一瞬でわかった。


「ひぃぃぃぃ!」


 色物五人のうちの誰かが悲鳴を上げる――当然だろう、彼らの目の間で人間が青紫色の顔で死にかけているのだ。


 その声に反応せずに、襲撃者は蛇か虫のようにのたうつ腕に力を込め――


 ガオン!


 再び轟音が響き、腕のど真ん中に円形の穴が開いた。


 握力が喪失し、生徒が地面に投げ出される。


 煩わし気に腕の穴を見つめた男の視線が轟音の発生源――テンプスに向いた。


 その腕は襲撃者に向かってまっすぐに伸ばされ、鉤爪の先端がピタリと彼の腕のある場所に向けられている。


「まあ、待てよスワロー、よそ様を巻き込むもんじゃない――あんたの狙いは僕だろう?」


 そう言ったテンプスを襲撃者の驚きに満ちた視線が突き刺さる。


「驚くなよ、こっちだって襲われてるんだ、調べもするし、推理の一つくらいするさ。」


 そう言って肩をすくめる――襲撃者が手放した彼が逃げる時間を稼ぐ必要があった、空気が完全に回らなくなったのか、倒れた生徒が動く様子はない、死んでいないのは分かるが明らかに一人で逃げられる状態ではない。


 このまま放置して、注意が彼に向けばとどめを刺されるか、もう一度人質にされかねない、その前に助け出す必要があった。


 視線を傍らに向ける――後輩に意図は通じたらしい。


『時間を稼いでください、思ったより苦労するんですよこれ。』


 耳元で聞こえた後輩の声にテンプスは思考を回す。


 注意をこちらに向け続ける必要がある、それなら――


「――どうした?他にもいろいろ知ってるぞ?聞きたいか?」


 ――ちょっとした推理ショーと行こう。

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