突然の凶事

「――はっ?」


 驚いたような声がした。


 それが突然の轟音によってなのか、あるいはのための物なのかもう誰にもわからなかった。


 ただただ目の前の状況に驚いて、ぽかんと口を開けていた。


 彼の前に跳び出した物々しい装備の鎧姿の影――マゼンダもまた同じようにこの状況に戸惑って、唖然として、自分の状況を理解できずにいた。


『――ぇ、だって……あれ?おれ、イベントに乗って……?』


 彼の思考に浮かぶ問いかけは、他の生徒が考えている物よりも大きく、形が違う。


 他の生徒が純粋に状況に驚いているのだとすれば、彼は自分の中にある知識が明確に異なっていることからくる疑問だった。


 彼は自分が確かにイベントに乗ったことを確信していた、自分はようやく前世からの悲願を叶えたのだと信じていた。


 本来なら、自分の体に飛んできた箒がぶち当たり、結構なダメージを受ける。


 この時、何かしらの理由でダメージが残っていたりするとこの一撃でライフを削り切られて死ぬ危険性がある。


 幸いにも防具によるダメージ軽減は効くのでそれでどうにか耐える、彼がわざわざ武具を着込んでここにいるのはそれが目的だった。


 彼の鎧は魔術によって作られている、『ハイドアーマー』と呼ばれるその装備は、普段は服の下に着こむ鎧下のような物体だ。


 それが魔術の起動で鎧に変わる、この告白会に鎧を着て潜り込むためにマゼンダの考えた冴えた戦法だった。


 そうして、彼女の身を守ったプレイヤーキャラは駆け寄ってきたアマノにこういうのだ――実は自分は君のことが気になっていた。と。


「これまでは彼ら五人に気を使っていたが自分もまたアマノのことを見ていた、君が危険だと思ったら思わず体が動いていた。」


 そう言って、プレイヤーキャラは彼女に自分の愛を伝える。


 身を挺して守ってくれる人間に対して心を開いた彼女はこのイベントで芽生えた感情に従い、この一件の後、彼に「私と付き合ってほしい。」と告げて――というのが、このゲームにおける彼女のルートに対する救済措置だ。


 彼はこれを知っていたからこれまでほとんどアマノに絡まなかった――純朴な男を演じるために。


 幸い、彼女の動向はよくわかっていた。


 何せ自分は彼女に関しては神がかり的な知識があるのだ、これさえあれば彼女とあの夢にまで見た生活も夢ではなくなる。


 そのために、ほかの四人に薬まで盛ってここにいるのだ。


 勝ったと思った。


 物陰から飛びだした瞬間に、勝利を確信した。


 この致死の一撃から彼女を守った自分は間違いなくこの場におけるヒーローだ、自分と彼女との関係にだれも水を差せない。


 そう思っていたが――この状況はなんだ?


 間抜けに立ちふさがった自分の前で、自分に当たるはずの箒が


 何が起きた?なぜこうなっている?自分の計画は?


 わからない、理解が追い付かない。


 悩むマゼンダに、追い打ちを掛けるかのように二本目の箒が飛来。


「――伏せなさい!」


「へっ?」


 気がつくと、マゼンダの視界は九十度回転し、地面に勢いよく引き倒されていた――アマノだ、後ろから天人の優れた筋力をいかんなく発揮し、マゼンダを引き倒したのだ。


 これはテンプスに怪我をさせてしまった経験からくるものだった。


 別段、彼女は自分の目的のために誰彼かまわず傷ついていいと思っているわけではないのだ。


 体を地面に横たえる彼を眺めることもせず、彼女は体の内から流れる力を導いて、自らの術でもって飛来する箒を防ごうと口を開――


 ガオン!


 再び空気がかみ砕かれるような音を残して、箒が粉々に砕けた。


 これにはアマノも驚いた――このような現象を見た記憶がないからだ。


『何が……!』


 そこで、ようやく彼女は轟音の方向に目を向けた――敵から視線を外すべきではないと考えていたが、この攻撃が何なのか、どうしても知りたくなったのだ。


 果たして、そこに立っていたのは見慣れない物体をこちらに向けている見覚えのある人物だった。


「――テンプスさん?」


「――ん?ああ、アマノ女史お疲れ、なんかすごいことになってるな。」


 言いながら、再び飛来した箒を手に持った物体から響く轟音が砕いた。


 それは見ようによっては鉤爪の様に見える不思議な物体だ、 それは見ようによっては鉤爪の様に見える不思議な物体だ、柄の上に三角形の鏃が横向きに接続されているような見た目だった。


 一部がくぼんだ三角形の部分が二股に分かれているのもより一層違和感を加速させた。


 二つに分かれたその部分は回転盤の上に設置され、その中央にガラスの様に透明な円形の部品で接続されていた。


 彼が握った持ち手から、人差し指の部分にできている突起を引くたびにこちらに向いている二つの突起から轟音が鳴るらしい。


「先輩、うるさいんですけど。」


「仕方ないだろう、こればっかりは変えられんのだ。」


「うー……」


 ひどく不満げなもう一人の代行者と共に、悠然と歩いて現れた彼は、先ほど顔を思い浮かべた男――テンプス・グベルマーレだった。


「何故ここに……?」


「あー……見物、ってことにしといてくれ。」


『先輩が貴方のお相手の正体をつかんだんですよ。』


 二つの異なる音が同時にアマノの鼓膜を揺らした。


 片方はテンプスがもう片方はマギアが放なった魔術から届いたその声は彼女を驚かせるものだった。


「わかったのですか?」


「――まあね。」


 言いながら、テンプスは壇上に上がり、アマノとマゼンダの前に立ちふさがって飛来してくる三本の――立て続けに投げたらしい――


「――まだ続けるのか?学園から箒がなくなるまでやるっていうなら付き合うが、箒がなくなったら、あんたの仕事に差し障るんじゃないか?」


 大声で相手に問いかける――素性は知っているんだぞという脅しも込めて。


 その声に触発されたのか、あるいは単純に苛立ちがピークに達したのか、箒の発射先――非常口から、全身をぼろい布で覆った男が現れ、一足で壇上に登った。


「――やっと初めましてかな?」


 そう言って、テンプスは肩をすくめた――肩の借りを返す時が近そうだと思っていた。


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