ラブストーリーが突然に……

 『スワロー・ミストスィザ』


 男、 四十八歳、人間――亜人を含まない物を指す――既往歴、先天疾患共になし。


 最終学歴は高くない――というかない。


 彼は片田舎の出であり、そこには教育機関がなく、また、同時に字が読める人間すらいない僻地だった。


 よって実のところ、彼は字は読めるが書けない。よって当然、決して利口ではない。


 アプリヘンド特殊養成校に八年在任、結婚しておらず両親もここには住んでいない、よって家族はなし。


 勤務態度は良好、実直で寡黙、在任以来一度も遅刻しておらず、一部の生徒からはこの学校に住んでいるのでは?という説まで出ているくらいだ。


 教師からの受けもいい――まあ、この学園内において教師の受けがいいというのは、次かの立場が高いために生徒に媚びを売っているか、さもなければ下僕のように扱われても文句を言わないということでしかないのだが。


 仕事は学園の雑事全般。


 ごみの回収、校内の清掃、壊れた備品の交換、本棚・靴箱等のごく簡単な備品の製作、教室の扉や窓の破損などの突発的な修繕などなど多岐にわたる――正直、この広さの学園を一人でどうにかしているのは素直に感心する。


 生徒からの評判良好――ただし一部の生徒からの苦情アリ。


 財務状態はいまいち不明だが何度か学校の備品である食品を持ち出しているのを確認したことがある。


 そして――


『――これか。』


 学園本館の庶務課から失敬した資料を眺めながらテンプスはある記述に目を止める。


 それは五年前に起きたある事件に関して、彼が戒告を受けたことを示す記述だ――これで『相似性』が埋まった。


『これ以降の戒告処分はなし……となると……五年分の欲求か。』


 それならば――なるほど、他人を殺してまで欲求を貫く老婆とも近似になるだろう。


『問題はこれが相似とみなされるかどうかだな。』


 それは後に来るだろう、マギアに聞けばいい。


 今、重要なのは――


『――やっとわかった、犯人はこいつだ。』


 其れなら理解できる。


 結局『単純な話』だったのだ。


 この男はそれほど難しいことをしているわけではない――ごく短絡的に動いただけだ。


『道理でわかりずらいと……前提が全然違ったんだな……』


 眉をしかめる――こういった手合いがいると思っていなかったわけではないが、実際に目にするとやはり勝手が違う。


『こういうのもいるって覚えておこう――もう一回見たからそうそう引っかかるつもりもないが。』


 新たなパターンだ――見つけてうれしい物でもないが。


「――お疲れ様です。」


 ぬるり、と、液体の様に何かが侵入した――マギアだ。


「おや、お疲れ――何だ随分ぬるぬる動くね。」


「ああ、ここに来るのに人に見られてもあれかと思いまして、隠れて来ました。」


「ああ……そりゃ申し訳ない。手間をかけたね。」


「この程度なら構いませんよ――もうちょっと行くとケーキですけど。」


「……肝に銘じるよ。」


 そう言って苦笑するテンプスに、マギアが問いかける。


「――で、犯人は分かりました?」


「たぶんね。」


「おっ、さすが。」


「ただ一点、確信が足りん、聞きたいことがある。」


「なんでしょう。」


 当然の様に備え付けの陶器からお茶を――いや、待て、何時の間に茶を仕込んだのだ?――注ぐマギアは快く答えた。


「転生するのには魂の相似性がいると言ったな。」


「ええ、ない体には入れません。」


「例えばだ――肉体的には何もかも違う霊と人間の場合、精神の分野においてある一点だけ相似性が高い場合はどうなる?」


 これが最後の疑問だった――これが通るのなら、彼の推理は完成だった。


「例えば?」


「欲望。その大きさ。方向性が違うが異常なほど膨らんだ――欲求。」


「行けますよ。」


 即答だった――あまりの迷いのなさに、テンプスが面食らったほどだ。


「即答だな。」


「ええ――いいですか、根本的な部分の話をしましょう。」


 自分で入れたらしい茶で喉を潤したマギアはまるで教師の様に語り始めた。


「根本的な部分として、霊には肉体などありません、そうである以上、肉体の特徴は相似性の要件を満たしません。」


「じゃあ、何で性別が相似性に関連する?」


「『その魂が自分を女だと理解しているからです。』これは生物的な特徴の話でそこに些細な比嘉――腕の長短や目の位置のような――物は関係ありません」


「……なるほど、だとすると、次の疑問だ、そこ以外に似ていない人間でもある一点が似ていれば――つまり、欲望の大きさだけが同じ人間は相似であるとみなされるのか?」


「ふふっ……貴方は勘違いしてますよ、テンプス・グベルマーレ。」


 マギアはまるで愉快な物を見た様に笑って言う、その姿はまるで愚か者を笑う悪魔にも、勇者に啓示を与える賢者の様にも見えた。


「何をだ?」


「ある一点が異常な相似性を示すような人間同士が精神的にそこ以外まったく別なんてことはあり得ません。」


「……ふむ。」


「確かに片方は隠すのがうまく、もう片方は下手かもしれません。ですが、その程度の差です。片方と同じだけの欲望があるのなら、それは同じ精神の構造をしてるんですよ、『他者と近しい』というのはそう言う事です。」


「……なるほど。」


 だとすれば――やはり、自分の推理は正しいのだろう。


「答えは見つかりました?」


微笑んで問いかける少女に自信をもって答える。


「ああ、これで確実だと思う。」


「じゃあ、どうします?」


「んー……僕らが捕まえてもいいが……どうするね。」


「最後ぐらい、アマノさんに手柄を渡せばいいのでは?」


「そうするか……彼女の案件だしな。」


 そう考えて、説明のために集めた資料をまとめて、マギアに問いかける。


「で、そっちはどうだったんだ?説明会だったんだろ?」


「ん、まあ、別に大した話は出てませんよ、昨日だと犯人が判明しないからもう少し調査を行うので休校の期間を伸ばすんだそうで。」


「ま、だろうな……転生者のこともわからんなら答えにはたどり着かんだろう――ああ、君、アマノ女史がどこに居るのか知ってるか?帰ってると面倒だな……」


「今なら食堂じゃないですかね、大ごとになってますから。」


「――大ごと?」


「ええ、あの五人組、とうとうマジでアマノさんに告白するそうですよ。大声で喧伝してました。告白会?だそうです。」


「――あん?」


 テンプスの動きが止まった。驚くべきことを聞いたように表情が固まっている。


「いやーとうとう行くところまで行った感じですよねー」


「――それ、何時からやるって?」


「ん?気になります?確か12時半から食堂でとか言ってましたね。」


 などと、気楽に言うマギアをしり目にテンプスは勢いよく後ろを振り返る――現在12時22分。


『――やべぇ!』


「――ちょ、先輩!?」


 気がつくと同時に走り出す――間に合うかどうかは賭けだった。


『まったくどこまでも賭け賭けと……』


 またしても出て来た単語に苛立ちを覚えながら、走る――答えが分かった程度では事態は収拾できないらしい。

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