ある男の夢

「――よって、本日の授業は休校、本日一日を調査に当て、翌日に説明会を行う、内容如何によっては明日より授業再開だ。」


『――しゃあ!来たぜ来たぜ!』


 ある生徒の胸中をしり目に全校集会は進んでいく。


 アプリヘンド特殊養成校で、全校集会は相応の有事を意味する。


 今回は襲撃だ――それも生徒が怪我をしている。


 とはいえ、生徒はそれほど動揺していないように見えた。


「襲撃だって、こわー……」


「でもまあ、狙われたのがあの人殺しだったならいいんじゃね?」


「最近アイツ調子乗っててイラついてたしな!とうとうメッキがはがれたってとこか?」


「アハハ、確かに!何が『死刑台の悪魔』よ。あいつ、箒で攻撃されて怪我したらしいわよ!」


「マジで?恰好わりー」


 クラスメイトの騒がしい声が響く。


 其処にはいつもの光景があった――いや、ありすぎた。


 人が一人襲われて、かつ、学園が休校になるほどの大事件の中にあって彼らの態度はあまりにも普段通りすぎる。


『っち、どいつもこいつもビビり散らしやがって……情けねぇな。』


 要するに――彼らは平静を装っているのだ。


 彼――マゼンダは内心で舌打ちをする。


 情けのない連中だ、高々、モブ一人が襲われたくらいで――


『いや、こいつらもモブだったな……』


 そう考えを改めて前を見据える。


『まあ、どうでもいい、これから忙しくなるぞ!』


 しかし、彼はそれに心を乱されたりはしない――何せ、彼はこの後に何が起こるのか知っているのだ。


『っきちんとルートには乗れた。協力者にあのモブが出てきたのは想定外だけど、アイツは怪我してる、『魔力不適応』のバステを持ってるやつは基本回復も受け付けない。魔術のスキルツリーの上級スキルがないと逆にダメージだ。ってことはもう出てこない。』


 一つ心配が消えたことに彼は小躍りした、このままいけば『彼女』は自分の物だ!


『おっと、まだだ、ほかの連中も狙ってるはず……出し抜かれないようにしておかないと……』


 だが、問題はないだろう。自分よりも『今』に詳しいやつはいない。


 マゼンダは知ってる、この後に起こることを。


 マゼンダは知っている、この事件が誰の仕業なのかを。


 マゼンダは知っている――この世界があるゲームの中であることを。







 マゼンダ・ブロッサム――いや、桜 百さくらももは、桜家の長男であり、内向的な人間だった。


 彼もまた、サンケイと同じように転生を経てこの次元に現れた存在であり、この次元に選ばれた人間で、同時に、ある目的でもってこの学園に入り込んでいたのだ。


 それを説明するためには彼の来歴を語る必要がある。


 学校ではなじめず、決して友人も多くない――いや、直球で言ってほとんどいない。


 プライドが高く、基本的に人を下に見ている彼はそれでいて決して優れた人間ではなかった。


 そんな彼がゲームの世界に没頭――いや、逃避するのはそれほど想像が難しくない結果だった。


 数多のゲームを行い、それでいてそれほど高得点も出せずに終わり――このゲームに出会った。


 始めはそれほど必死にやっていたわけではない。


 何時もゲームと同じようにやって――推しに出会った。


 アマノ・テルヨ――女竹の輝夜姫。


 彼のお気に入りであり推し。


 一目見た時に気に入った。


 彼女とのルートだけをやりこみ、攻略サイトにいくつもの情報を上げるなんてことまでやったのだ。


 そうすると、彼をほめたたえる言葉がサイトを踊った。


 誉められることの少ない人生にそれは麻薬の様にしみた。


 彼女のおかげだ――そう思った。


 愛していた。


 彼女に実際会いたいとすら思った。


 しかしかなわない。彼女は画面の中だ悶々とした思いを抱えて――そして、この次元に来たのだ。


『――手に入れられる、彼女を!』


 もう止まれなかった。


 彼は準備した――彼女を真実手に入れるために。


 彼女のことに関しては完璧に覚えていた。


 設定資料も買ったし、ルートの細かいところまで完全に覚えていた。


 十数年たっても忘れない。


 そうして準備して――そして知ったのだ、彼女狙うのが自分だけではないと。


 自分ほど情熱を持っているわけではないが、間違いなく狙っている――そう判断できる動きをしている者が後四人。


 そんな彼らにマゼンダは――友好的に接した。


 彼らと積極的に交流し、彼らと共にレベル上げもした。


 何も本気で友人になろうとしているわけではない。


 時に偽装情報をわたし、時として彼らのレベル上げを邪魔した。


 それは彼らも同じだったのだろう。


 これがだ。


 彼らはお互いの足を引っ張って――そうして、今に至っている。


 しかしそれも彼らの計画通りだ。


 そして、彼らは知っている――実のところ、この婚姻騒乱にはある救済措置があるということを。


 それがこの後に起こるイベントであり、ここで最も活躍したものは自動的に『勝者フラグ』が立つようにできているのだ。


 彼らが誰一人でもそれに成功すれば――そいつが勝者だ、輝夜姫を手に入れる。


『ほかの連中はカジュアルプレーヤーだ、知識量なら負けねぇ、それに俺は記憶を忘れねぇ様に毎日反芻してる。あいつらと違う。』


 全てはこのイベントのため――そして、彼女を手に入れるためだ。


 そのために、対抗策も用意した。


『――決戦は明日の昼だ。』


 彼は決意に満ちた顔をしていた。

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