夜の帳の中で 

『――ちょっと考えてみよう。』


 暗い夜の部屋、時さえ眠る暗がりの中で、テンプスは考えていた――いったい、何が起きているのだろう?


 輝夜姫はあの後彼らにいくらかの情報をくれた。


 一つ、襲撃事件で学校が休校になる事。


 曰く、危険性がないことを確認するため――とのことだ。


 まあ、もっともな判断だろう。危険性があるのに授業はできまい。


 「当然でしょう」とはマギアの言だ。


 ちなみに一日で休校が解けるらしい。自分の命の軽さを感じる。


 それは良いのだ、いつものことだし。


 問題は次の話だった。


 一つ――この件で学園側は屋上の襲撃者を確保しにかかったがそこには穴の開いたローブだけが残されていたらしいこと。


 遺体や体の一部はおろか、血痕に至るまで何一つなかったという。


 つまり、敵はあの一撃をよけたか、何かしらの手段で無効化したのだ。


 これにはマギアも少なからず驚いていた、彼女の隠し玉の一つだ、そうやすやすとは防げない――いや、そもそも防いでいない。


 わかるのは一つ――


「――つまり、まだ、老婆は死んでいません。ご注意ください。」


 そう言ったアマノの声には明らかな緊張があった。


 彼女にも予想外なのだろう――心臓のど真ん中をぶち抜かれて、なおも健在でいるからくりが。


 彼女はそれを伝えると、再びの謝罪と「弟さんから渡してほしいと言われた」と、どこか取り出したのやら、謎の液体の入った小瓶――テンプスは正体を知っている、家に伝わる三日間味覚を失うほどまずい薬だ――を渡すと静々と帰って行った。


 その後、治ったことだし。と調べ物に向かおうとしたテンプスをマギアが張り倒すなどの珍事が起きたが、おおむね何の問題もなく一日が過ぎた。


 夜の帳がおり切った部屋の中で、肩の怪我のせいで物理的に血の巡りが悪くなっていた脳が再び回転し始めるのを感じた。


『論理的に考えるのなら、今回の襲撃も、前回の襲撃も意味なんかない――僕を殺したところで、今回の犯人にはメリットはない。』


 むしろ逃げにくくなるはずだ――なのに、相手はためらわずに自分を殺しに来た。


『ここまでされるのは初めて――いや、兄貴以来か?』


 凄まじい殺意だ――同時に、意味が分からない。


 探っているから殺しに来た――というなら、なぜ昼に狙う?夜ならごまかしも効くだろう、自分たちが人を巻き込まないために誰にも言えないということ逆手に取った作戦だと思えた。


 だが、昼に狙っては元も子もない。


 どんな権力があろうが、これは隠しきれない。学園はこれを重く見るだろう――自分の命をではなく、学園の安全が脅かされた事実をだ。


 おそらく、今頃、理事会当たりの指示を受けた尋問科の連中は死に物狂いで飛びまわっているはずだった。


 では自分を襲撃してきたのは全く別の襲撃者なのだろうか?


 それはないだろう、と、彼は思う。


 アマノ女史の時にも考えたが、あまりにも非人間的すぎる。


 昼もそうだが問題になるのは夜だ、あまりにも効きすぎる夜目に正確すぎる狙撃。


 こんなこと、それこそ自分の様に幼少期の頃から妙な訓練を受けているとしか思えない。


 自分の様に体質の改善ではなく暗殺のためにうまれたおゆな 子供がこの学園に居て、自分を狙っているでも言うのだろうか?


『……いや、まあ、有ってもおかしくないが――』


 そんな奴が殺しに来るようなうらみなどあっただろうか?


 オモルフォス・デュオの取り巻きの誰か?それとも、ジャック・ソルダムの熱狂的なファン?魔女の誰かの依頼?デュオ家にまつわる何者かの思惑?ソルダム家の報復?


 どれもしっくりこない。


 デュオとソルダムは、そもそも、現在立て直しと政変でそれどころではないだろう。そんな金も用意できまい――賠償金で、国が傾きかねない金を吐き出したのだ。


 デュオの取り巻きなら遅すぎる。もっと前にいくらでも屋いようはあった――フェーズシフターを手に入れる前なら、もっと楽に始末できたのだ。


 ジャックの熱狂的なファンは居るにはいるが財力が足りないだろう、子供の小遣いでそれほどの特殊技能持ちは雇えない。


 それほどまでに異様な事だったのだ、だというのに、獲物を箒にした理由は何なのか?


 意味が分からない。


『何かのメッセージ……?誰当ての?なんで僕に投げた?』


 アマノ女史への物だというなら昼の一撃が意図不明だ――それとも、自分と輝夜姫のつながりが分かっていないのか?


『じゃあ何で狙う?僕が探ってたから?高々一週間にもならない程度漁っただけで僕には気づくのに何で輝夜姫に気がつかない?気づいているのなら、なぜ輝夜姫は狙わない?』


 意味が分からない。


『彼女が嘘を――いや、経歴を考えてもそれはない。』


 彼女が『抜け』の代行者を歴任しているのには相応の理由があるのだ――だとしたら、彼女は正確に仕事をしていることになる。


『なら何でだ?なんで僕が狙われてる?襲われるのは良いがそれが分からんと……』


 対処ができない。


 今日の不意打ちだって、彼の中では昼に狙ってくることはないだろうという、ある種の共通認識からだ。


『意味が――』






 ――分からない。





 何故だか、途方もない間違い――試験問題の解答欄をすべて一つずつずらすとかそう言った――些細でいて致命的な間違いをしているような気がしてならない。


『でもどこから……』


 間違えたのか?


 最初の出発点?そもそもそれはどこだ?輝夜姫が自分のファンだと言った時か?それともこの件が転生者がらみだと聞いた時か?

 それとももっと前か――


『違うな、たぶん違う。』


 パターンにあってない。


 これが問題なのだ。


 彼の起点はいつもこれだ。


 祖父がくれた偉大なる力、すべての流れを見抜く太古の英知――それがどうにも、今回の件にははまってこないのだ。


 どこかの流れが読めたと思えば、どこかの流れと離れ、その流れとぶつかったと思えば別の流れが邪魔をする。


 答えにつながるラインが見つからないのだ。


『僕の技量が足りんのだろうな。』


 何かをつかめていないのだ、あるいは――何かを勘違いしているのか?


『たぶんこれだな……流れ自体はあるんだ、ただそれを僕がつかめてない。』


 何かしら――彼には理解の及ばない、独特の流れを持つ支流のようなパターンがあり、それが事件の理解を阻害しているのだろう。


 だが、そのパターンが――


『……わからん。こうなると取れる手段は――』


 今ある手札で喧嘩をするしかない――つまり、送られてきた賭博の顧客リストを精査することだ。


 すでに四回近く上から下まで眺めた資料に目を通す。


『剣術部顧問、知ってる。魔術学部の堅物、別に驚かん。尋問科の生徒――ああ、まともにかけてないな。潜入か。僕が言わんでもばれるな。』


 見知った名前も見知らぬ名前もあったが、この件に関わりがある人間はほとんどいない。


『――用務員、これはちょっと怪しいが……男だし……いや、そもそも憑依対象って同じ性別である必要あるのか?』


 これは注意すべきの項目かもしれない……老婆だからと容疑者を女と思っていたが、男という可能性もあるのでは?


『明日聴いてみるか……』


 息を吐く――わからないもどかしさだけが体に残っている。


 見上げた天井の人の顔に見える木目を眺めながらふとこんな考えがよぎった。


『――もしかしたら、もっと簡単なのかもしれんな……』


 その言葉に意味を感じたテンプスだったが、それをつかむ前に襲ってきた睡魔に、彼はあらがえなかった。


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