来訪者の胸中
「――ごめん下さい。お見舞いに伺いました。」
「――あんたは……」
開いた扉の先には流れるような夜をたなびかせた美女――
「アマノ?どうした。」
「――学園の方であなたが襲撃されて怪我をされたと聞いたもので……ご無事のようで何よりです」
「無事でもなかったですけどね、私が治しただけですし。」
そう嚙みついたのは傍らで彼女に冷めた視線を送っていたマギアだった。
「マギアさん……申し訳ありません、今回の件は私の不手際でした。」
「別に謝れとは言いませんよ、ただ――貴方、何してるんです?」
その声は冷え切っていて――いつか聞いた魔女のそれに近かった。
「調査が遅れたせいで、無辜の――善意の協力者に明確な損害を発生させている。我々が行うべき務めに反している。」
その声はまるで刑を告げる裁判長の様に厳格で、死神の様に無慈悲に響く。
「おっしゃる通りです。」
「今回の件に先輩を巻き込んだのは貴方ですよ、最後に先輩が自分から調べ出したにせよ、最初にこの事態の引き金を引いたのは貴方だ。」
「……ええ。」
「貴方が計画した作戦の失敗を先輩が支払っている、許される事ではない。」
「……」
「こんな事態になると思わなかったなんていう言い訳は通らない。私たちには責任があるでしょう、そもそも、貴方は先輩にこの件についての詳細を語っていない。『逃れ』だろう『抜け』だろうが追うために何をしてもいいということにはなりま――」
責め立てる彼女には容赦というものがない。怒っているのだろう――何にとは言わないが。
「マギア。」
横から物言いが入った、テンプスだ。
「なんです?」
「よせ。」
「失敗を見逃せと?」
「寛容さは重要だろ。」
「寛容さを甘さとはき違えてません?」
「そこは結果が証明してくれるのを待つしかないだろう。」
「……利用されたんですよ?」
「君もサンケイに似たようなことしただろう。」
「私は私の事情をすべて明かした上での協力ですよ。それに代償も払っている、今回とは前提が違う。それに、私たちは可能な限り無辜の人間を巻き込まないようにする義務がある、『せいやくのしょ』との契約なんです。彼女はそれを破ってる。」
「僕は『無辜の人間』じゃないだろ――君も巻きこんでるし。」
「霊に関わってるわけでもないでしょう、私が巻き込んでいるけんに関しては――すいません、いやなら私が出ていきます。」
「いやとはいっとらんよ、そもそも、僕が引き止めておいてそんな勝手なことは言わん。ただ人の失敗をあげつらってるのを見てられんだけだ。」
「……お人よし。」
呆れと少しの怒りに見た視線が刺さる。
自覚はあるが――祖父に褒められた自分の美点だ、変えるつもりはない。
「これだけが僕の美点だ。」
「……好きになさい。私は知りませんよ。」
そう言いながら、彼女はそっぽを向いた――そんなことを言いながら、ここから離れない当たり彼女もかなり人がいい。
「ああ――マギア」
「なんです。」
「ありがとう。」
「……何がです?」
「わからんならいいさ。」
そう言ってアマノに向き直るテンプスを横眼で見て、1200歳の少女はあきらめたように息を吐いた――そのうち、この優しさで彼が傷つかなければいいと願っていた。
「悪いな、ちょっとこう……機嫌が悪くて。」
振り返ってフォローを入れるテンプスに、顔を伏せた少女はどこかばつが悪そうに言葉をつないだ。
「いえ、おっしゃる通りですから。」
そう言って顔を伏せる彼女は演技か本音か、ひどく申し訳がなさそうに見えた。
「申し訳ありません、よもや私ではなくそちらに被害が出るとは……」
「まあ、仕方ないさ、正直、こっちとしても僕が狙われるのは想定外だ。」
「先日の夜の襲撃にしてもです、てっきり、老婆はこちらを狙ってくるとばかり思っていました。」
「確かになぁ……」
実際、そこが問題なのだ――いったいなぜ、追跡者のアマノではなくテンプスが狙われる?
「僕が狙われる理由に心当たりは?」
「わかりません、確かに私も表立って調べてはいませんが、それなりの期間相手を探っています、狙われるのなら私だと思うのですが……」
「ふむ……」
首をひねる。
自然に考えるのなら彼女が言っているのが正しいのだ。
テンプスを襲ったからと言ってそこに何か意味があるわけではないのだ。
むしろ逃げにくくなるはず――
『ってことは襲撃犯は老婆とは別人?いや、それはないよな。』
テンプスは今回の件が間違いなく転生者の仕業だと確信していた。
あまりにも非人間的すぎるからだ。
魔力を解さぬ長距離の狙撃――そう狙撃だ――それも、並外れた威力の一撃だ。
そんなものを膂力だけで放てるのはごく限られた存在だけだ――少なくとも人にはできない。
ついでにいうと、あの夜の襲撃もそうだ。
どれだけ肉体的にすぐれた人間でも、夜の闇の中、投げるために作られたわけではない箒であれはできない。
『学園内の人間に魔術なしであれはできない――』
これが彼の出した結論だった。
そしてそれが正しいのなら――それをやった可能性があるのはただ一人だ。
「ただ、どうやったのかがわからん。」
「はい?」
「ああ、いや、こっちの話だ。」
不思議そうに声を上げるアマノに苦笑しながら返す。
「怪我の件は気にしなくていい、その手の輩を調べてるんだ、覚悟はしてるさ。」
「……しかし……」
「なら、代わりに教えてくれ――老婆が追跡してきた側を間違えることは起こりえるのか?」
「……ありえはします、ただ、今回がその類だとは思えません。」
「何故。」
「先輩が追跡者なら、もうとっくに捕まってるからでしょう。」
脇から響いたマギアの言葉で納得した。
確かに、老婆がこの学園に来たのがいつであるにせよ、彼女よりも前からいたことは間違いない。
その間に、自分と接触があったにせよ、なかったにせよ、自分のことを知らないということはないだろう――良かれ悪しかれ、彼は学園で有名だ。
『だとしたら、なぜ今……?』
つくづくわからん事の多い事件だな……と、内心でため息をついた――正直、肩の怪我よりこちらの方がよっぽど体に悪そうだった。
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