家に帰って

「つまり、あのくだらない茶番自体が貴方をはめるためだったと?」


「たぶんね。」


「……どこまでも手間のかかることを……」


 にが虫でも食べた様に顔を顰めるマギアに苦笑しながら、テンプスは肩を回す――異変はなさそうだった。


「問題は?箒は取り除きましたが。」


「ない……と思うがな、戦ったわけでもないからわからん。」


「ふむ……試しますか?」


「とりあえずいい。それより、水が欲しい。」


「はい。」


 指を一つ鳴らせば、まじないの作用でひとりでに動いた水差しから水を注いだコップが一人でにベットの上のテンプスの手元に向かって動き出す。


「便利だな。」


「でしょう?休みの日に動きたくなくて作りました。」


「さらっととんでもないこと言うよな、君。」


 普通、魔術を作るのはそれなり以上の研鑽を魔術師が十数年かけて産み出す物だ。面倒。を理由に作るやつはいない。


「あれだけ啖呵切っといて結局病院にもいっとらんし。」


「行ったって治せないでしょう、次がいつ来るのかわからないのにその辺の病院で右腕不調のまま、病人庇いながらが戦います?」


「……それは嫌だな。」


 顔を顰める――彼らは今、テンプスの家の、彼の自室に居た。


 女子の悲鳴で――テンプスは気がついていなかったが小結女史が叫んでいたらしい――事態に気がついたというマギアは、怒りを向けられていないはずのテンプスをしてもわかるほど明確に怒り狂っていた。


 そもそも、彼女が「クソガキ」などと言った時点で、明らかに様子がおかしいのだ――いや、時たまとっさにこういう口調になる当たり、意識して普段の口調にしているのだろうとは思うのだが。


 そんな彼女は自分をつれて家に帰るとう行為を、確定事項として行動しているようだった。


 撃たれていない方の肩に体を差し込んで、彼を支えるとテンプスの「犯人を確認したい」というセリフを完全に無視して彼の体を校門に運び始めた。


 最初こそ抵抗していたテンプスだったが、その予想外の力強さに最終的には膝を屈した。


 それは、彼女の怒りが分かったからだったし、同時に彼女の胸にある罪悪感はおそらくこうしないと消えないのだろうと察したからだ。


 ちなみに、学園の教師はこちらの怪我を無視してテンプスに尋問を行おうとした――が、まあ、傍らの少女がそれを許すことはなかった。


「――いいですか、私はこの人を病院に連れて行きます、状況と場合によっては入院だってさせるでしょう、彼がけがをしているからです、邪魔をするのなら――どうなるんでしょうね?正直、私にもわかりません、それが嫌なら、黙って行かせてください。」


 そう言って、三日月のように口が動き、耳まで裂けるような凄然な笑顔を見せれば教員たちは何も言えなかった。


 そのままの足で自分をこの家に運び込んで――彼女は手ずから彼の肩を細心の注意を盛っていやして見せた。


 結果は――今のところおおむね満足いっている。


「回復関連の魔術の効きもいいのがこの体の利点だよな。」


 それが、彼の体の利点だった。


 あらゆる魔力を強く誘引する彼の肉体は、敵意のある魔力の影響も強く受けるが、そうでない魔術の影響も強く受けるのだ。


「まあ、平常な人間感覚で術掛けると腐りますけどね。」


 ――まあ、それが必ずしも『楽』や『便利』につながるというものでもないのだが。


「……ま、そこは腕の見せ所だろう、資料は?」


「ありました――まだやるんですか?今回、私たちが直接関係したわけじゃないんですよ?」


 そう言って、こちらを見つめる後輩の目には不安が揺れていた。


 何故だろう――と考えて、ふと彼は自分が彼女のまでで手ひどい怪我をしたのはこれが最初だったなと思い返した。


 そもそも、怪我をしたのが馬車にひかれたときぐらいのものだ。


 そう考えれば、多少不安に思われても仕方あるまい――そもそも、今回がっつりと罠にはまっているわけだし。


「だとしてもこの学園でやってる。無関係じゃいられないだろう、それに――向こうは僕にご執心みたいだしな。」


「だからやめようって言ってるんですけど。」


「向こうが逃がさんだろう――それに、このまま、あのレベルの人殺しが弟の周りに居るのは看過できん。」


「……ブラコン。」


「家族を愛するのは罪か?」


「いいえ、私もそうですから。」


 そう言ってあきらめたように目を閉じたマギアは足元のカバンから取り出した資料をテンプスに差し出した。


「一応、ざっと目を通しましたが、今回の件に関連のある人間はいませんね。」


 呪いの力か、ベット脇の何もない空間に腰掛けたマギアが告げる。


「色物五人は?」


「胴元の二人以外、今回の件には関わってないと思いますよ。少なくとも、このリストには全く名前が挙がりません。」


「ふぅむ……連中の友人とかは?そっち経由って可能性は。」


「そこまでは分かりませんが――正直、それほど掛け金が高いのはいませんよ。まあ、学生の小遣いだなって感じですね。」


 テンプスの目から見てもそう見える。


 賭けられている金額は少額だ、繰り返している人間は多いが毎回かけている人間は――居ない。


 ギャンブル依存症になっているだろう老婆は決してこの世云賭け方はできまい。


「ふむ……」


「気になると言えばこっちの――」


 そう言いながら、彼の持った資料がひとりでに動き、三枚ほど捲れて止まった。


「――教職員の方のリストですかね。」


 そこに踊るのは彼が聴きなじみのある教職員の名前だった――どうやら、ずいぶんと賭けが好きな職員は多いらしい。


「善の学園ね……」


「欺瞞ですねぇ……」


 呆れた声が漏れる。


 これは骨が折れそうだな――と思った時だった。


 ごんごん。


 ドアノッカーがこの家に似つかわしくない音を立てる。


「――誰か来る予定は?」


「ない。」


 言うが早いか、テンプスの手にはフェーズシフターと時計が握られていた――すでに針はあっている。


「先輩は来なくてもいいですよ。」


「不意打ちに対処できんだろ君。」


「先輩だってできてないでしょうに。」


「じゃあどっちが行っても一緒だ。」


 玄関前につくのに二分もかからなかった。


 一瞬逡巡したようにノブを見つめたテンプスは傍らの後輩に目配せをして扉を開く――

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