読み外し

『――緩んでるな……このパターンに気づかんとは……』


 舌打ちする。


 心の中は、久しく感じていなかった無力感が襲ってきていた。時計の輝きも、可変兵器の力強さも物心ついた時から飼っていたこいつを打ち倒すには足りない。


 考えればわかったのだ。


 事件を起こして、明確な証拠を用意すれば自分が疑われるのは必定、そうなればその場に居た女子たちは自分を問いただしに来るだろう。


 その際、あの小結のいる部屋に除きを仕掛けたのは、自分への敵意があるからだ。魅了の影響で自分への敵意が常人よりもはるかに強い、自分を犯人にするために手を尽くすだろう――何なら、実力行使に出るかもしれない。


 縋りくか、つかみかかりでもすれば、今回の一件は完璧だ。飛びのく事もできない。


 学生証をもう一つ用意したのにしてもそれだ――議論を長引かせたかったのだ。


 自分がもう一つの学生証をだせば、盤面は混乱し、膠着する。


 その間、自分は校舎に侵入ができない、前面を女子に囲まれているからだ。


 そうして時間をかけてやれば――狙撃者は悠々と自分を狙える。


『マギアを先に行かせたのも計画通りか?』


 そこまでは分からない――そもそも、いてもいなくても関係なく狙うつもりだったような気もしないではない。


 飛びのくことで肩に命中している以上、もともとの狙いは頭部だろう。


 そう考えてみると、この箒の長さは自分の頭頂部から、また下までの長さとぴったりだ。


 そこまで考えて、再び疑問が頭をよぎる――なぜだ?なぜ……


『――何でそんなに僕を殺したいんだ?いったい誰が?』


 わからない。


 恨まれている自覚はある。


 小結女史の様な小さなものから、オモルフォスの『事業』に手を貸していた後ろ暗い連中のようなやばいものまで、彼にかけられた恨みは大きいだろう。


 だが――こんな白昼に、しかも、対象以外を巻き込んでまで自分を殺しに来るやからには心当たりがない。


 先日のロボ先輩の様に、基本的に職業的な暗殺や襲撃は対象以外巻き込まないように行うのが通常だ。


 被害が大きくなりすぎれば動員される捜査員の数も増えるし、そうでなくともいらぬ恨みを買う。


 人魔大戦から60年、世界は悪に対して過敏だ。


 ちょっとした疑いでも警邏が呼ばれ、ごく細やかな罪でも裁きが下る。


 所によっては立小便ですらむち打ちに処されることもあるのだ、殺人者など間違いなく断頭台に乗せられる。


 目には目を、歯には歯を――死には死をというわけだ。


 正義を振りかざす者には強権が与えられ、逃げるのはひどく難しい。


 そんな状況で、これほどまでに目立つ犯行を行うとは……。


 高速でめぐる頭とは別のところで、体がパターンの流れに従って動く。


 祖父と行っていた『スカラ・アル・カリプト』になるための研鑽が、体をパターンに乗せる方法を伝えていた。


 体を強くし、体質を乗り越えるための修練が今も彼の体を守っている。


 肩から突き出した箒を一瞥して、痛みに耐える――それほど難しい事ではない、祖父が対策を見つけてくる前の自分はもっとひどい怪我を日常的にしていた。


 避けた位置から即座に体を翻し、相手を探す。


 投げられて箒は山なりの軌道を描いてこちらに落ちて来た。


 だとしたら――


『屋上か。』


 視線が飛ぶ――居た。


 太陽を背にすることで顔の形を隠しているがそこに確かに人がいる。


 体系的にそれほど大きくはなく、体に動物的な特徴も見られない。


『人間か?』


 あの距離から攻撃してきて?


 魔力が流れるパターンも感じないのに?


『どんな腕力だ?』


 深まる疑問を抱えて、テンプスは左の腰から逆手でフェーズシフターを引き抜く――右肩がぶち抜かれたせいか、右腕の動きが悪い。握力もだいぶ抜けてしまった。


『っち!』


 内心で舌打ちする――右手が不自由なせいでフェーズシフターの形を変えるのに手間取ってしまう。


 この距離に攻撃するのなら三番目の姿が必要だった。


 そのためには杖を経由してもうひと動作必要だ。


 だが、そのために時間をかけていると箒の攻撃が防げない。


 かなり無理な体制をとらなければならないのだ、腕が引けないので体で動かすしかない、ただその間、止まっている必要が出てきてしまう。


『マギアを行かせない方がよかったか。』


 舌打ちを再び。


 彼女に防御を任せられないのは明らかに痛い――やはり、どこかしら油断があったのだろう。


『根っこが雑魚なんだから、油断するなとあれほど……』


 日々言い聞かせているつもりだったが――やはり時計を作って気が大きくなっていたか。


 自身の至らなさを叱責しながら左手の小指でフェーズシフターの刃を起動する。


 時計を入れているのは胸ポケットだ、腰より遠い。


 そもそも、時計にはある種の欠点がある。


『体の形がある程度の閾値の範囲にないとパターンが機能しない』のだ。


 そもそもパターンとは厳密で精細な物だ。


『スカラ・アル・カリプト』のパターンは技術の粋とも言うべき細かで描かれながら、それでいてそれなりの拡張性があり、人体にフィットするように作られてはいる。


 が、それにも限度があるのだ。


 例えば片腕を失ったり、体の一部が過剰に成長したり――あるいは、何かしらの遺物が体に突き立っていたりすると、パターンは機能できない。


 二射がいつ来るのかわからない状況で余計なことをする余裕はなかった。


 左手に力を籠める――昨日のパターンと同じタイミングで来るのなら……


『――!』


 一射を翻した体と共に振りぬいた刃で切り裂く。やはり後ろから来た。


 そして、即座に体を正門に正対させる――三本目が飛んできたのはその直後だ。


 左手の刃が煌めき、箒を中ほどで断ち切った。


 左逆手に握った刃に力を籠めて、滑らぬように押しとどめる。


『逃げるか……来るか……』


 ここまでやって引けないだろう。


 が、同時にこの三連射を防いだ相手に四射目を撃つのか?という疑問はある。


 神経を集中させる。


 四射目は――来た。


 最初にはなたれた校舎から、最初の一発を超える速度でもって放たれた一撃に剣裁を合わせ――


「――おい、クソガキ共、どけ。」


 ――ひどく冷えた声が聞こえた。


 次の瞬間、箒が空中で


 自身の目の前を通り過ぎた緑色の閃光が何か理解して、テンプスは飛んできた方向に視線を投げる。


 そこには、ジャック戦の際に自分とジャックを隔離した不可視の壁で女子を『払いのけ』て動線を確保しながら、こちらに向かって来る、見慣れた後輩の姿があった。


「――まったく、何してるんです?制服、汚れてますよ。」


「ああ……洗剤買って帰らないとな。」


 肩を見ながら眉を顰める彼女の軽口に同じように軽口で返す――彼女に気に病まれるのは違う気がした。


「そうですね、今日は天気も悪いみたいですし――」


 言いながら、彼女は人間とは思えない速度でくみ上げた魔術を三つに分けて相手に放った。


「――帰りましょうか。」


 三つの閃光が光って、箒を投げつけただろう人影を射抜いた。

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