一度見た光景
「――はぁ?僕が?女子更衣室で?覗き?」
新たな問題は朝一早々に起きた。
「そうよ!証拠は挙がってるんだからね!」
「そうよ!証拠は挙がってるんだからね!」
そう、声高に叫ぶのは最高学年の女子だ。
ふくよかな体系をされている彼女はそのいささか握り飯に似たその風貌から、周囲の生徒から「小結関」という明らかにどっかの神事の選手のような名前がついている人物だと、テンプスは記憶していた。
そんな山のような女子を囲むようにテンプスを睨んでいる女子は下級生から高学年までいまいちどういった取り合わせかわからないメンバーで構成されていた。
朝、校門をくぐると同時に起きた、この意味の分からぬ濡れ衣はどうやら、彼女たちが自分たちの着替えを覗かれたと騒ぎ立てているらしいことに起因するようだ。
苛立ちの交じる視線で女子人を見るケーキ完食後の後輩に顎で合図して先に行かせる。
このままここに居て、この少女の利点になることはないだろうし、そうでなくともここに置いておくわけにはいかない――爆発されたら止められるかわからない。
前もこんなことあったような……?と首をひねりながら、目の前女性に問いかける。
「……何が根拠で?」
呆れたようにそう聞いたテンプスに、女性陣は声高に甲高い――金属同士がこすれる音に近い、不協和音のような声を上げた。
「これが証拠よ!あんたのでしょ!?」
そう言って目の前に提示されたのは――なんと、彼の学生証だった。
「――ほう、なるほど、それで?」
なるほど、前の茶番よりはしっかりとはめようとしているらしい――妙なところで詰めが甘いが。
「それでも何も、この学生証が証拠よ!見つかってあわてて逃げ出したときに落としたんでしょ!」
そう叫ぶ女学生の目には怒りの炎が見える。
なるほど、確かに動かぬ証拠の様に見える――
「――その動かぬ証拠ってこれか?」
――自分が学生証を持っていなければ。
「――はっ?な、何であんたがそれを……」
「何でもくそも僕の学生証だ、僕が持ってても不思議じゃないだろう。」
「じゃ、じゃあこの学生証は何なのよ!」
「知らんよ、そもそも、僕が外から来たの、あんたたちだって見てただろう。」
そう言ってあきれ顔をするテンプスに女生徒たちは鼻白んだ。
何せ、自分たちが明確な証拠だと考えていた物が突然崩れたのだ。
彼女達からすれば青天の霹靂だったろう。
『……うーむ……』
と同時に、テンプスにとってもこれは異常な事態だった。
『なんで学生証が二つある?学園の秘匿技術だかがあってで複製できないってうたい文句だったはずだが……?』
まあ、この学園のことだ、何かしら不備があってもおかしくはないが……
実際問題、ここに二つの学生証はあるのだ。
「――そ、そうよ!あなたはあらかじめ、学生証をもう一つ頼んだんだわ!」
声を上げたのは中央の女性――小結だった。
「ほう、それで?」
「あ、貴方は私たちの更衣室を覗く時、自分が学生証を落とす可能性を考慮してたのよ!だから、もう一つ学生証をもらって――」
「だったら、なぜ持って行ったんだ?」
「へっ?」
「前提として、僕が学生証をもう一つ頼んでいたとしよう、それが落としたときの予備だというのもいいだろう。だとしたら、なぜ僕は落とすかもしれない学生証を持ったまま覗きに行ったんだ?」
「あっ」
間の抜けた声と共に固まった小結を眺めてテンプスはため息を漏らす。
「……大方、僕の学生証を見つけて、そのままの流れで僕を糾弾しに来たんだろうが、この通り、僕は学生証を持ってる。そのうえで僕がもう一つ、学生証を手に入れたというのならその証拠を出してくれ。」
「……」
周囲から非難とも困惑ともつかない視線が小結に向けて放たれた。
そうだろう、喜び勇んで捉えに来た相手が、見たところ犯人ではなさそうなのだ。誰だって困惑するし、もっと確認を取ればよかったと言いたくもなるだろう。
『まあ、とりあえずこれで一段落……』
「…………って……わた……」
『――おっと?』
一息つこうとしたテンプスがとっさに気を持ち直す――何やら、まずいパターンを踏んだときに感じる悪寒が背筋を走ったからだ。
「わたしはまちがってなぁぁぁぁぁぁい!」
先ほどまで視線から逃れるように下を向いていた小結が突然顔を上げたかと思えば勢い良く叫んだ。
「だっておかしいでしょう何でこいつが犯人じゃないのに学生証があるのよありえないでしょう絶対こいつのさくりゃくなのよジャック君と同じ絶対にそううちの学園の顔があんなことするはずないからこいつがうらできたないことをしたんだ間違いないんだ!」
一息で言い切るには少々訓練のいりそうな永台詞を怒濤の勢いで浴びせて来た――どうも、話を聞くに妙なことになっているようだ。
『ジャックめ……妙な相手に妙な魅了の掛け方をしたな?』
精神に干渉する呪いは時としてこういった……特殊な掛かり方をする人間が出てくる。
思いっきり嫌われたり、自由意志をなくしたり――彼女の様に、相手のことを狂信的に信じるようになったり。
彼女は今、ジャック・ソルダムをこの学園から排除した自分を敵だと認識し、何が何でも敵を倒すことしか頭にないのだ。
そのためならなんだってするだろう、安易でわかりやすい推論に飛びつくぐらい平気でやる。
『――もしかして狙ってやったのか?』
だとしたら、自分に濡れ衣着せた人間を誉めねばならない。
そこまで考えて、頭の片隅で何かが燃えさしを握りしめた時のようなチリチリとした痛みを発した。
――もしかして狙ってやったのか――
そうだとして、一体何を狙ってやったのか。
――なんで学生証が二つある?――
学生証が二つあることに意味がないとしたら?
――校門をくぐると同時に起きた――
この一件そのものが、自分を此処につなぎとめるための物だとしたら――
そこまで考えてはたと気がつく。
彼が今いるのは正門の前にある広間だ。
『――やべっ』
思い到ると同時に、テンプスの体が跳ねた。
真横に向かって、持てる限りの力で蹴り出した体は勢いよく真横にはねて――すぐに落ちた。
肩に強い衝撃、そちらを見れば、肩から見慣れない物が生えている――箒の尾だ。
肩から地面に向かって、とがった箒が突き抜けていた。
『――全部、罠か。』
小結を使ったのも、二つ目の学生証を置いたのも、もっと言うなら今、自分が糾弾されているこの覗き事件そのものが。
自分をこの場に、この位置に押しとどめるためだけに起こされたのだ。
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