増えていく疑問
「間違い?何がです?」
夜、テンプスの居室で空中で逆さまになって浮いているマギアが疑問を呈した。
「僕はてっきり、侵入者が七人いるんだと思ってた。色物五人と机に触ったマゼンダ、そして、扉を開けただろう襲撃犯。」
「そう言う話でしたね。」
「ただ一個、可能性があるのに気づいてなかった。」
「なんです?」
「――用務員がきちんと仕事をしなかった可能性だ。」
「あー……」
そこまで語れば、マギアは結論にたどり着けたらしい。
「要はなんです、用務員が仕事をしなかったから施錠が解けたと?」
「というか――確認の時に僕の部屋のカギを逆に開けたんじゃないかなと。」
「あー……」
これは考えていなかった。
要するに、鍵を渡したわけではなく、鍵を『開けてもらった』のだ。
用務員が抱き込まれている可能性には気がついていたのに、なぜかこっちには頭が回らなかった。
「僕は鍵が学生課に置かれた後、用務員の手から離れた後で誰かの手に渡ったんだと思ってた。だから、襲撃者以外には確保できないと考えたけど――そもそも、誰も鍵を持ち出してないなら、犯人は襲撃者でなくともいいわけだ。」
これは根本的な話だった。
警備の厳しい場所に置かれたから限られた人間しか触れなかったが、用務員に接触するだけならどうにでもなる。
「少なくともあの二人にはあいつらが密会してる部屋に直に手紙が届いたらしい。どうやってその部屋を知ったのかはわからんが他の連中にも同じような手紙が何かしらの方法で来たんだろう。それで自分の侵入をごまかすつもりだった。」
あの後の質問で知った事実を開示する。
確かに、マギア抜きなら自分の机に接触した人間のことを調べるのは難航しただろう。
六人も部屋に入ってその中で最も何もしていない人間を探り当てるのは、いかにスカラーの技術をもってしても容易なことではない。
「ふむ……誰が?」
「唯一何もしなかった男だ。一直線に目的の物に向かって、そのまま撃退されて逃げかえった男。」
「マゼンダ。」
「そう考える方が妥当だ。それ以外の人間は全員僕の部屋に何かしら置き土産がある。」
「鍵穴に接着剤とか?」
「何がしたいのかわからんエロ論文置いたりな……あれ間違いなくドミナイだよなぁ。」
「でしょうねぇ……ほかのメンバーであれやりそうなやつがいません。」
「ほかのメンバーもなんとなく理由が分かるんだが――その中でマゼンダだけが、入り込んだ理由がわからなかった。が、もともとあいつの計画だっていうならわかる、あいつが僕の部屋の机をあさるための計画だったとしたら話は通る。」
たぶん、この計画と自分への襲撃は全く別の話なのだ。
襲撃者がこの侵入を知って合わせたのか、あるいは本当にただの偶然なのかは知らない、ただ、少なくともマゼンダ側にはこの襲撃は予想外なことだったのではないか?
テンプスはそう考えていた。
「ただ――何だって僕の机なんぞ漁ろうと思ったのかがわからん。」
「あー……普通の人だとちんぷんかんぷんですからねぇ、あれ。」
実際、共同研究の名目で、いくらかの技術的教示を受けたはずのマギアですら、意味不明な点が多々ある。正直、中身を完全に理解できるのは亡くなったというテンプスの祖父と、テンプス本人だけだろう。
そして、そんな自分ですら理解できていないのだ、たいていの人間には意味不明な理論の羅列にしかならない。
「そうなんだよ、自慢する気もないが僕はこれでもこの分野じゃひとかどって自負してる。素人が見ても僕の研究項目なんてとてもわからんと思うんだが。」
「でしょうね……ひとかどって、古代技術で戦争の英雄倒せないとなれないんですか?」
「……なれないんじゃないか?爺さんだって材料があれば時計の修復ぐらいできたろうし。爺さんは自分のことひとかどって言ってたよ。」
「……先輩の家ってどんな家系なんです?うちより意味わかんないですけど。」
「死刑執行人だ、生まれも育ちも片田舎。」
「いや、それは知ってますけど。先祖にスカラーの偉人とかいません?」
「知らん。ただ、兄貴連中はこれまったく理解できてなかったから、たぶん関係ないんじゃないか。」
「それはそれで、貴方とおじい様の能力の高さが怖いんですけど。」
「よかろう?偉大な祖父の自慢の孫だ。」
そう言って珍しく胸を張るテンプスに呆れたような珍しい物を見たような複雑な表情のマギアは一瞬言葉に詰まったように黙ってからひと言。
「……ま、いいです、確かに、先輩にしか理解できない理論と数式で出来たあの実験データ群なんて普通の学生が持ち逃げしてもただのゴミですね。」
「だろう?意味が分からん……」
頭をひねる。
彼はマゼンダと接触があったわけではなく、もっと言うならこの件まで存在だって知らなかった。
何かで恨まれているというのは考えづらい。
だが、侵入されて机に触ろうとしたのは奴だ、マギアがそう言っている以上、それは間違いないのだろう。
テンプスには彼がなぜこんなことをしたのか、まったく理解できない。
天を仰いで、事実をまとめようとしているテンプスの耳に、空中でくるくると回転していたマギアの一言が飛び込んできた
「……仮説ですけど。」
「聞こう。」
「それが欲しかったんじゃないですか?」
そう言って彼女が指さすのはテンプスの腰だ。
「それ……ベルト?」
「の脇に吊ってるもの。」
そこまで言われて理解した、確かに自分には一般生徒にもわかりやすい理由がつってあるのだ。
「――フェーズシフターか。」
「ええ、大体の人はそれを『どこかで偶然手に入れた魔動機具』か何かだと思ってます。
「――僕の研究台か。」
なるほどしっくりくる。
「自宅って線は考えなかったのかね。」
「考えても仕方なかったんでしょう。場所分かりませんから。」
「……そういや家の場所大雑把でもわかってんのタロウぐらいか。」
「サンケイが洩らしたんでなければ、ここのことを知ってる人間はまれですよ。」
「ふむ……」
聞けば聞くほどありそうな話だ。
だとすれば――
「襲撃者は誰だ?」
はなからマゼンダを疑っていたわけではないが――自分の部屋への侵入も関連がないとすると、いよいよ襲撃者の正体がわからない。
『何が理由であそこで襲ってきた?なんであの時間なんだ?なぜ箒を使う?』
わからないことずくめだ――一つ謎に納得のいく答えがついたと思えば、思い出したかのように別の疑問が顔を出す。
「やっぱ、思ったよりめんどくさいなこれ……」
テンプスはそっと目をつぶった――今回は珍しく、受け身で戦う必要がありそうだと辟易していた。
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