交渉/成立
「それで――なぜ僕を探しているんだい?」
警戒心も露に美丈夫が訪ねる。
実際、陰に隠れていた人間を日向に引きずり出したのだ、警戒もされるだろう。
その姿をどこを見るでもなく漠然と見つめたテンプスは告げる。
「お前の持ってるだろう賭けの台帳――もっと言うと誰が賭けをしてるのかわかる資料が欲しい。」
その言葉に美丈夫は顔を顰める。
当然だろう、信用商売の賭けの胴元でこれは明らかに信用を損なう行為をしろと言っているのだ。
「断ると言ったら?」
「その時は――尋問科でも呼ぶかね?君も知っての通り、彼らは学生同士の賭博行為にそれほど寛容じゃない。」
「!」
そう言われた美丈夫の顔色が変わる。
テンプスが名を出したのは以前も語られたこの学校の自治機関の一部であり、教員と学生両方から蛇蝎のごとく嫌われている組織の名だった。
いや、どちらかと言えば恐れられているというほうが妥当だ、彼らの責め苦は聞き及んだだけでも苛烈の一言に尽きる。
学園で起きた事件の被疑者を取り調べる権限を学園側から賦与された学生たちは、まるではるか昔の異端審問官のような容貌でもって被疑者の前に現れる。
そしてその者たちが情報を吐くまで、法で許されている数々の責め苦でもって被疑者を追い詰める――教員生徒の関係なしにだ。
「しかし……」
それでもなお渋る美しい求婚者に、テンプスは次のカードを切った。
「――共同出資者に確認するか?」
「!」
ダニエルの顔が驚きに固まる。
当然だろう、この事実は自分と共同出資者しか知らない。
いくら調べ上げたとしても知るはずのない事実だ――しかし、この男は知っている。その事実が、彼には理解できなかった。
「僕が知る限り、賭けの話が一般生徒にも聞こえるようになったのは今年からだ。去年は噂脳の字も聞こえてこない、僕だって実家が実家だから耳に入ってきたがそうでないなら知らなかったろう。それだけ手広くやるなら、以前までの掛け金の儲けだけじゃあかばいきれまい。」
そして、彼はそれなり以上に儲けているが、賭場が開けるほどの収入ではない。
だとすればもう一人――金がある人間が何かしらの援助をしていると考えるのは当然の成り行きだった。
「この賭場はあんただけの仕切りじゃないだろ。最低もう一人、絡んでるはずだ。」
「……」
そう言ったテンプスを美丈夫が睨む。
なるほど、端正な顔立ちというのはどこまで行って見た目に美しい物だ、少なくとも、彼の顔の美しさはこれでは消えないらしい。
とはいえ――
「睨んでも僕は消えてなくならんぞ。」
そう言って肩をすくめる。
実際、睨まれた程度のことで引くわけにはいかない――自分は明確な敵意でもって攻撃されたし、部屋だってあらされている――まあ、その犯人の一人はこいつだが――おまけに、誰が自分を攻撃してきたのかもわからないのだ、放置はできない。
「――居るんだろ?出てきてくれ、隠れて見られるのは趣味じゃないんだ。」
そう言って、ダニエルの後ろに声をかける。
躊躇ったような気配が一瞬だけ空間を通り過ぎて――結局諦めたのか、屋上と校舎をつなぐ扉が開いた。
「……どこで気がついた?」
「いらっしゃい――簡単な消去法だ。ジェナスはこの手の行為に理解がない、獲物は狩る物だと信じてるタイプだ、ドゥエルはそもそも世俗と感性が違いすぎてまともな賭けにならん、あとはドミナイとお前だが……市長の息子に賭場を支えるほどの金はない。だとしたら残るのは――」
「おれか。」
「お前だ。」
そう言って視線を向ければ、苦い顔の成金――ドン・トラペンタがそこに居た。
「お前が裏で金を払い、実権を握った。そっちの彼は表向きのトップだ――どんな業界でも、顔はいいほうがいいらしいからな。」
そう言って二人を見つめる。
よもや、テンプスにばれると思っていかったのだろう、二人とも苦い顔を隠しもしない――何なら、ダニエルのほうは完全にこちらを睨んですらいる。
「さっきも言ったが、睨まれても事態は解決しないし、物事が前に進んだりもせんよ、しっかし……まさか、自分たちの恋路まで賭けの対象にするとはな……」
「儲かるなら何でもやるのがうちの家訓でな。それに、自分が勝つと分かってる勝負なら賭けない理由などない。」
「結構なことだ――それで?商売人閣下はどうされるんだね、僕としては、あんたが持ってる情報がもらえればそれで一向にかまわんのだが。」
「……」
渋面を作り、悩んでいる様子を見せるドンをテンプスは急かさなかった。
この手の手合いは下手に機嫌を損ねると何をしでかすかわからないのだ。情報が得られないのは避けたかった――確実に面倒なことになる。
「……いいだろう、こちらとしても尋問科に睨まれるのは面倒だ。」
そう言ったのはそれからたっぷり十分は経ってからだった。
「結構、いつ渡す?」
「明日の朝までにはお前の研究個室だったか、あそこに届けさせる。いいか、くれぐれも……」
「尋問科には言うなってんだろう、わかってるよ……君らみたいなのは基本そう脅すよな。」
めんどくさそうにそう答えたテンプスは、もはや用はないとばかりに彼らを素通りして歩き去る。
「悪い、あと一つ――昨日の夜、僕の部屋に入ったな?」
「……ああ。」
また責められると思ったのか、渋い顔で認めるドンにテンプスは質問を投げた。
「ああ、いや、それは良いんだ、大した被害もなかったし、そっちじゃなくて――どうやって入った?」
「……どういうことだ?」
「僕は昨日、鍵をかけてあの部屋を出た、それは間違いない。なのにどうやってあの部屋に入れた?」
「……手紙が来たんだ。」
そう言って、渋面のダニエルが答えた。
「手紙?」
「扉の下から差し込まれたんだ。「お前らを嗅ぎまわってる奴がいる、そいつの部屋を荒らせ」って。指定された場所に向かったら」
「それが僕の部屋だと?」
「らしいな。」
そう言って肯定するドンの体から虚偽のパターンは見えない。
本当のことなのだろう――少なくとも本人はそう信じている。
「……なるほど?」
『……ああ、そう言うことか……ってことは、一個間違えたな。』
もしかすると、自分は思い違いをしていたのかもしれない。テンプスは少しばかり推理を修正していた――思ったよりも……
『込み入っててめんどくせぇ話だなこれ。』
そう考えて顔を顰めたテンプスは、彼自身の考えを確認するためにある質問を投げた――
「――なぁ、一つ聞きたいんだが――」
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