六次の隔たり

「賭けですか?えっ、先輩そんなことするんですか?てっきりもっとお堅い人だと思ってました――へっ?やってる人が知りたいだけ?アーそう言う話なら……この人に聞くといいですよ。確実にやってるって噂ですから。」



「ん?お前か……昨日は悪かったな、安心しろ、もう襲わん、今朝になって依頼に不備があったことが分かった、契約不履行だ、向こうに支払いいしっがないことが分かったらしい、こっちとしても払うもん払わん奴のために恩人に手を出すつもりはない。ん?賭け?ああ、婚約者がどうこうの奴か……お前には貸しもあるしな、いいだろう、こいつに聞け、あの腐れ剣豪にくっついてたやつだ、何か知ってるだろう。」



「あん?なんだてめ――って、あんた死刑台のあく……ま、待ってくれと、俺、別にもう剣術部には……へっ、賭けについて知りたい?な、何でおれに……いや、わかったよ、へへっ、なんだあんたも意外とやるんだな。あ?俺以外によくやってるやつ?あーそれならアイツかな……」



「ん、なんで――あんた死刑台の……あー……その……悪かったよ、オモルフォスの取り巻きしてた時は正直正気じゃなかったって言うか……そ、そうか、わかってくれてうれしいよ、それで何の用だ?はっ?賭け?ああ、アマノさんのあれか……なんだ、あんたも賭けとかやるのか?やるなら、部室棟の三階の突き当りに部屋があるから、そこに――あん?賭けの胴元に会いたい?ああ、レートを上げたいのか。それなら、アイツに聞けばいいぜ。」




「む、お前は……何の用だ、ここは剣術部と入れ替わる新しいクラブの居室として――はっ?賭け!?お、お、お前!なぜそのことを……いや、いい!言うな!あ、あのロッカー室での一件は謝る!だからこのことを上に報告するのは待ってくれ!……む?賭けの胴元?そ、それを話せばいいのか?わ、わかった!あいつとは付き合いも長い。何せ、この事業を進めたのは俺だからな。そのおかげでアイツは……ん、ああ、アイツの名前か、アイツは――」






「正直驚いたよ。」


 全ての授業が終わった午後五時、テンプスはマギアに宣誓したように賭けの胴元の前に立っていた。


 あの会話の後、すべての中休憩と実技の自由時間を使って集めた情報は、この男を指している。


 再びの屋上、人に話を聞かれないようにするためにはここが最も都合がよかった。


 どうやら、あの教師の言っていたことは事実だったらしい。付き合いの長い教師の一言に乗せられて、まんまと胴元は目の前に立っていた。


「――どうして僕が胴元だと?」


「おや、存外素直に認めるんだな、てっきり、「いったい何の話だ?」のパターンかと思ったが。」


「あの教師から僕に話が来てる時点で、もう全部ばれてると思った方が利口だよ、それに――そんなみっともない真似、美しい僕には似合わないよ」


 そう言って胴元――ダニエル・ジョンソンは肩をすくめた。


「そいつは結構なことだな。」


「含みのある物言いだね、それで?どうして僕が胴元だってわかったんだい?」


「次に生かすのか?まあ、いいが……大した事じゃない、お前のところの賭けはずいぶんと盛況らしいな。」


「おかげさまでね。」


「何かした記憶もないが……ああ、いや、ジャックの一件か、俺はお前らにはずいぶんと儲けになったろう。」


 あの時も賭けは行われていた、そして、彼が胴元になっているのなら間違いなくあの時も周囲に賭けを持ちかけたはずだ。


「ま、なんだっていいが――世の中には六次の隔たりってのがある。古い古い時代にどっかの科学者が見つけた。」


 それは祖父が見つけて来た古い学術書に書かれていた思考実験の一種だった。


「ある人物が50人の知り合いを持つとし、その知り合い50人が、最初の人物とも互いにも重複しない知り合いを50人もち、その知り合いである人物がが最初の一人とも次の一人ともとも互いに重複しない知り合いを50人もつ――と続けた時、最初の一人の6次以内の間接的な知り合いは50の六乗になりその数は156億2500万人にのぼる、これは、国際法院が出してる全人類の大雑把に三倍で……って言ってもわかりにくいか。」


 口からつらつらと流れる文言に唖然とする後輩に苦笑しながらテンプスはより分かりやすく告げる。


「要は、この世の中で人間を探したかったら、人を六人経由すれば大体見つかるって話さ。もちろん、例外はあるんだろうが――この狭い学園内なら十分成立する。」


 それはこれまでたどってきた道行からも明らかに思えた。


 ドミネから始まり、傭兵の狼人、剣術部の残党、オモルフォスの元取巻き、そして、不逞物の教員。


 2000人にも満たない学園の中から特定の人物を炙り出すのに彼は結局五人もの人をたどった。


 理論的には二人でも十分なのだ、それが五人もかかったのはひとえに目の前の美丈夫の隠れ方のうまさに他ならない。


「大したもんだよ、正直、四人ぐらいで見つかると思ってた。」


 素直に賞賛する。


「……この基盤を引き継いだとき、あの先生からはこの学校の創立から誰にも見つけられてないって聞いてたんだがね。」


「探し方が下手なんだろう、できないことの多い人生だがこの手の行為は得意でね。」


 そう言って笑う、その姿を見つめる後輩の目には動揺と警戒の色がにじんでいた。

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