話の真偽

『信じます?』


「微妙だ。」


 中休みの教室、金属板に何かを書きこむために鋭い針と共に机に向かっていたテンプスはごく小さく、ほかの誰にも聞き咎められない声で耳元に響く声に答えた。


 『鈴なりの声』――というらしいこの遠距離会話術は、アネモスがジャックの一件の際に、テンプスに危険を伝えるために使ったものであり、同時に、ジャックとの一件の際にマギアがテンプスと話すときに使った術だ。


 口もとで生まれた振動と同じ振動を耳元で再現するこの術はそれなりに難易度の高い魔術であり、風に属する術だ。


 基本的には自身の下で行われた会話を相手に飛ばすだけの術なのだが――マギアほどの腕になれば双方向でも行える。


「どこを疑って?まあ、私ははなから信じてませんが。」


「彼女の話だと……ア、ズレタ……老婆は純粋に『主婦』だろう。箒であの暗所を狙撃できたとは思えん。」


『確かに、ただ、その理屈で行くならあの昔話にそれができそうな人出てきてませんよ。』


「そこが問題だ……ナオンネェナ、ベツパターンニスルカ……そもそも、最初の彼女の話にもいなかった。あの話が嘘なのか……僕らも彼女も知らない別の何かが関わっているのか……」


『タロウ何某さんに聞いてきますか。少なくとも、雀の話の真偽は図れますよ。』


 それは良い案の様にテンプスには思えた、彼女が事実を語っていない可能性は十分にある。


「頼んでいいか、僕は賭けの胴元にあって来る。」


『わかるんですか?』


「六次の隔たりってやつだ……ブンレツニシヨウ、ヨロイニハイッテナイシ……」


『……なんです、それ。また、スカラーの話ですか。』


「人は人との接触を隠せないって話だよ――そっちは頼む。こっちはこっちで推定犯人の婆さんらしき奴を探す。」


 襲撃犯が老婆だとは思えないが――同時に、襲ってきたやつが分かるのも老婆だけだ。


 ひとまずは、このか細い手がかりを追うしかない。


 そう言って会話を打ち切る――その直前ふと思い返す。


「――ところで、彼女の横に居た霊ってのは雀だったのか?」


『いいえ、普通の人に見えました――ただ、確かに言われてみれば、瞳孔が小さかったり、東でよく見る雀の体毛と同じ色の毛はしてましたね、話が事実ならたぶん半人の方の獣人なんだと思いますよ。』


「半人……ああ、獣の特徴の薄い獣人か。」


『ええ、東には結構いるらしいですよ、こっちにはめったにいませんけど。』


「ふむ……これだけで嘘認定はできんな……」


『あ、あとついでに、先輩の机に触った人ですけど。』


「ああ、誰だった?」


 これが襲撃犯なら、あとは老婆を探すだけなのだが――ことはそううまくはいかなかった。


『――マゼンダ・ブロッサム、ご存じでしょう?』


「――接触が薄い方の五人の一人?ってことはやっぱり七人いたのか……」


 どうやら、机を触ったのは襲撃者ではなかったらしい。


 それというのもこの男、テンプスが調べた限り魔術に関してはサンケイに迫る腕を持つとされる男だ。


 こいつが襲撃者なら、わざわざ箒を使う必要がないし、そもそも、こいつの筋力では箒をあの威力では打ち出せない。


 あの距離での狙撃なら間違いなく魔術を使うだろう――自分が魔術に弱いのは知れている話だ。


 確かにジャックとの戦闘で、舞台外からの魔術を防ぎはした、が、それにしたところで気づいた人間はそれほど多くない。


 彼がその一人だった可能性はあるが――それでも箒は使わないだろう、この学園にはそもそも、貸与のために数多くの武器があるのだ、箒を使う必要性はない。


 保管されている場所に入り込むのは実はそれほど難しくない、道具を整理しろと教員が突然言ってくることがあるからだ。


 その際にやりなりを何本か備品を持ち逃げしても、適当に紛失の報告をすれば、学院側は気にせずに補填する。


 そもそも、そもそも、遠距離を狙うのなら弓でいいのだ。


『そう考えると、わざわざ箒を使う理由はまじでわからんな……』


 首をひねる。


 なぜわざわざ、あんなに狙いにくい物体で自分を狙ったのだ?


 箒は後ろが広がっている関係上、強く風の影響を受ける、遠距離から狙いをつけて攻撃するのにはとても向かない。


『それでも問題ないと思ったのか……あるいは……』


 その問題に気がつかないほど、武芸に関する知識がないのか……


「ちぐはぐだな。」


 あの暗所で的確に急所を狙える技量があるのに、獲物の選定は雑そのもの。


「まるっきり意味が分からんな。」


『何がです?』


「ああ、いや、こっちの話。」


 不思議そうなマギアの声に生返事を返してテンプスはもう一度首をひねる、理解できない。


「マゼンダ……確か、あの連中だとリーダ格だっけ。」


『まあそれほどかっちりした序列があるのかはわかりませんけど、少なくとも彼が一番――やる気がありますね。』


「婚約者になるのに?」


『んーというか……ドミネさん曰く、威張るためにですかね。。』


「ほう?」


 知らない話だった。


 彼の悪い噂は聞いていない。


『私たちが婚姻騒乱に巻き込まれてるって知ってからちょいちょい調べてくれたらしいんですよね、で、その話によると、彼、無自覚なのか何なのか人を見下す傾向があるらしくて。』


「ふむ……そんな話聞いとらんが。」


『うまく隠してるらしいですよ。ドミネさんも、よく聞かないと分からないと言ってましたね。』


「ふぅ……む」


 そのことがどう自分の部屋の侵入につながるのかはわからない。わからないが――


『僕らの知らないことを知ってる可能性は――あるな。』


 あるいは、自分達しか知らないはずの情報を何かしらの方法で握ったか……


『いずれにせよ、警戒はしておくべきだな……』


 また一つ、考えることが増えたことに顔を顰めながらテンプスは出来上がった金属板――ブースターを眺めた。


 話していたにしてはいい出来だった――もともと思い描いていた物とは違うものができてはいたが。


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