因果が回る
最初、両親はこの事実について、以前と同じ墜落事故だと思っていた。
どこかでまたしても、翼を怪我して、空から地面に落下、その際に運悪く川に落ちたのだろうと、そう思っていた。
それが誤りだと分かったのは――それから幾日か経った後だった。
ある人物からタレコミがあったのだ――彼女は殺されたのだと。
「――あんたか。」
「……ええ、見えてしまったもので。」
「何が?」
「霊と……死の情景が。」
「それは……本の能力じゃないのか?」
「いいえ、見える人間には本など関係なく見えますよ。まあ、今の時代、ほとんど見えるものもいないようですが。」
「ふむ……僕はそっちにも才能がないわけだ。」
「あの妙な剣が扱える時点で補って余りある力があるのでは?」
「……どうだろうな、それで?」
個人の能力として、それを知ってしまったある女性が話したことで、彼女の死の真相は一気に広まった。
そこからは早かったという。
宿の客、周辺に住む獣人、そしてもちろん、彼女の属していた一族の人々。
それらが一気に敵になった。
今度こそ討ち入りの気運が高まっていた――ただ問題があった。
下手人と恩人が同じ建物に居るのだ。
一度は彼女を救い、彼女を家に帰すために尽力した老人と彼女の命を奪った老婆が同じ場所に住んでいるのだ。
討ち入り組はかなり紛糾したという。
いっそのこと、老人も殺してしまおうという過激な者もいたほどだ。
しかし、そうはいかない。
それは故人の――彼らの愛した娘の意志を無視することだ、それは許されない。
「そこで、両親は一計を講じました。」
まず、第一に、老人に雀の娘が死んだことを伝えた――噂話という形で。
雀の娘が死んだこと、それがおそらく殺人であること、そして何より――おそらく、犯人は老婆であること。
それをまことしやかにささやかれる噂として、流したのだ。
老人は最初、その噂を否定した。
当然だろう、彼からすれば、自分の妻がそのような非人道的な行為に手を染めているというのは考えられない事だった。
しかし、うわさは広がりを見せ、彼を否応なく苛む。
もはや無視はできなかった。
彼は自分の妻を問いただし――真実を知った。
老人はそれに狼狽し、謝罪のために家を飛び出した。
「……そこに保身は?」
「ありませんでしたよ、少なくとも、たどり着いた老人は――純粋に謝罪のためだけに来ている様子でした。」
「ふむ……」
雀の宿につく道のりは決して平たんではなかったという。
物理的な意味ではなく、精神的な意味でだ。
老人は宿の場所を知らなかった。
ゆえに彼は人に聞いてその道をたどったのだ。
しかし、そこに待ち受ける人々は獣人が多かった――いや、多く仕込まれていた。
「これが雀の刑罰だったのだと聞きます。」
「老人にか?」
「老婆の罪に気付かないことは、彼らにとっては十分に罰に値するものだったようですね。」
「……なるほど?」
「納得できませんか?」
「……いや、そこは種族ごとに違っていいだろう。続けてくれ。」
道中、老人は散々な目に合う、馬の生き血を飲まされ、牛の糞尿の世話をさせられ、所によっては川に落とされもしたという。
それでも、老人は必死に食らいついて話を聞き、宿にたどり着いた時にはボロボロだったという。
それでも、彼はきっちりとその両親に謝罪したのだという。
「許したのか?」
「ええ――実際のところ、彼らにも老人を相手にああいった行動をするのが八つ当たりであるという自覚はあったようです。」
「なるほど……なら、もうちょい手心を加えてやってもよかったと思うが。」
「それでは、収まりのつかぬ思いもある物でしょう?」
「……確かに。」
雀たちは老人を歓迎した。
それが罪滅ぼしだったのか、あるいは初めからそう言う計画だったのかはわからない、ただ彼らは老人を手厚くもてなし、風呂に入らせ、贈り物すら渡したという。
大小の
雀たちは安堵したらしい――彼らの計画では、大きな葛篭が人間の手に渡るのはまだ先の話だったからだ。
そうして、老人はとぼとぼと帰路についた――彼にとり、贈り物よりもあの面倒を見た小さな雀の娘に会えた方が何倍もうれしかったからだ。
しかし、その願いはかなわない。仕方があるまい、すでに亡くなってしまったのだ。
そう考えて老人は家に帰り――当時の時代的に、離縁は選択肢としてほとんど許されなかったのだという――渡された
そこにあったのは色とりどりの宝石と、大粒の金銀だった。
それに興奮したのは、「欲の皮が突っ張った」老婆だった。
彼女は失意にくれる老人をしり目にこの
老婆は皮算用をたてた――彼女がより、富を手に入れられる方法。
彼女がより自分らしくなれる方法――彼女は手早く動いた。
「老婆は宿に向かいます。」
「だろうな――大きい葛篭とやらには何が入ってたんだ?」
「禁じられた箱を開けた娘の話を?」
「……そう言うことか。」
「ええ、世の中そう言うものです――最後に残るのは大抵ろくでもない物ですよ。」
老婆は、老人から聞き出した道を使って悠々と宿にたどり着いた――これも雀の計画だったという。
老婆は宿の雀に自分はあの老人の妻であり、娘の面倒を見たので自分にも葛篭をよこせ、と迫ったらしい。
「醜悪でしたよ。」
「だろうな。」
雀たちは、意外にもその要求に従った。
彼女を老人と同じように遇し。
彼女に贈り物をした――残った大きな葛篭を与えたのだ。
彼女は上機嫌で帰ったらしい。
そして、雀たちも喜んでいた――何せ、彼らの計画がうまくいったのだから。
彼らは老婆の性格を調べぬいていた、故に知っていたのだ――小さい葛篭を持ち帰れば、間違いなく、あの老婆は大きな葛篭を取りに来るだろうと。
だからそこに罠を仕掛けた。
そして、彼らにはわかっていた――老婆が、絶対に待ちきれないと。
確実に道中で葛篭を開けて中身を確認するだろうと。
そして――実際その通りになった。
彼女は雀の宿が見えなくなった時、すぐに葛篭を開けて――
中に居た者達と目が合った。
「――中に居たのは魑魅魍魎……こちらで言う所のモンスターの群れだったそうです。」
「――食われたか。」
「ええ、それはそれはむごい最後だったそうですよ。」
それは因果応報と言うべき最後だった――本人が納得したのかはわからないが。
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